2026年3月20日に日米同時公開を控えるSF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー(Project Hail Mary)』。先行上映で早くも「2026年最高のSF映画」との評価も出ている本作は、SF作家であるAndy Weir(アンディ・ウィアー)氏の同名小説を原作とする。
2021年5月に米国で刊行した原作小説は、わずか半年で100万部を突破。同年のニューヨーク・タイムズのベストセラーリストで1位となった。ビル・ゲイツ氏やオバマ前大統領らの愛読書としても知られており、書籍はドイツやフランス、中国、韓国など10カ国以上で翻訳されるなど、世界的な大ベストセラーとなっている。
日本での評価も高い。日本で長い歴史を持つSF賞『星雲賞』では、2022年に海外長編部門を受賞した。早川書房が2021年に刊行した邦訳版の累計発行部数は、2026年2月時点で75万部を超えている。
そんなプロジェクト・ヘイル・メアリーの原作者であるウィアー氏は、本作の主人公を「初めて自分をモデルにしなかった」と明かす。創作過程では、ノーベル賞受賞の研究チームに所属していた「高校時代の友人」から、ニュートリノに関して詳しく教わったという。
原作小説の創作秘話に、次回作の構想、そして生成AI(人工知能)によるエンタメ業界への影響について、日経クロステックが独占インタビューした。(聞き手は江口 剛=日経クロステック/日経ものづくり、島津 翔=シリコンバレー支局、小笠原 啓=日経クロステック)
高校時代の友人であるニュートリノの研究者が協力
プロジェクト・ヘイル・メアリーには、基礎的な物理学から天文学、分子生物学、素粒子物理学など、様々な科学的知見が散りばめられていました。
実際に計算可能な部分に関しては、できる限り正確にしようと努めました。ただ、(過去作と異なり)本作では複数の地球外生命体(エイリアン)や架空の物理法則などを、量子レベルで作り込んでいます。
例えば作中に登場する微生物「アストロファージ(Astrophage)」は、ニュートリノを保持できる設定です。ただし実際のニュートリノは、あらゆる物質をすり抜けます。そのため作中では、細胞膜に「超断面積性(super cross-sectionality)」があり、ニュートリノすら外に出られないという設定にしました。
執筆の際、専門家に取材しましたか。
専門家への直接取材はあまりしていません。大抵はGoogle検索で済みました。というのも、研究者をはじめ科学に関心の高い人の多くは、よくネット上に情報を公開します。特に、宇宙やロケット開発に関わる方々は、誇りを持って仕事に取り組んでいます。彼らはオンラインでの情報発信を楽しんでおり、おかげで僕も電話をかけることなく、(Googleで)ほぼ事足りました。
ただ、1つ面白い偶然がありました。僕が通っていたリバモア高校(Livermore High School)からの付き合いで、Charles Duba(チャールズ・デュバ)という友人がいます。当時、彼とは高校で研究仲間(Lab Partners)みたいな間柄でした。
その友人は、研究者としての道を歩み、ついには「ニュートリノの質量を特定してノーベル賞を受賞した研究グループ」の一員になりました。そんな経緯から、「ニュートリノってどんな仕組み?」と気になった際、彼に連絡したことがあります。彼は快く教えてくれて、本当に助かりました。
主人公は「初めて自分をモデルにしなかった」
プロジェクト・ヘイル・メアリーの主人公であるライランド・グレース博士は、一般的な中学校の科学教師です。なぜ彼を主人公にしたのか、背景について教えてください。
グレースは、「初めて自分をモデルにしなかった主人公」でした。一から創造したキャラクターにしたかったのです。
例えば『火星の人(The Martian、映画の邦題はオデッセイ)』(邦訳は2014年、早川書房)の主人公であるマーク・ワトニーは、僕の長所を最大化して、欠点は全て取り除いた、ある種の「理想化した自分」でした。彼には僕の欠点が一切なく、僕にできることなら彼はもっとうまくできる、というキャラクターです。
月面都市を舞台にした『アルテミス』(邦訳は2018年、早川書房)の主人公も、ベースにしたのは「未熟な自分」でした。主人公のジャスミン・バシャラ(通称ジャズ)は、26歳のサウジアラビア出身の女性です。「僕とかけ離れている」と思うかもしれません。彼女は賢いですが、判断を誤って多くのトラブルを招き、自他共に苦しめます。「最大の敵は自分」といった性格です。僕も26歳の頃は、まだ大人になったと言えず、彼女と同じ未熟で無責任な欠点だらけの性格でした。
今まで何度も自分をモデルにしてきたので、僕は、「もう自分をモデルにしたキャラを作り続けるのはやめよう」と考えました。そこでプロジェクト・ヘイル・メアリーでは、まずキャラクターの核を決めました。グレースの核は、「恐怖」です。
グレースは常に怖がっている臆病者でした。かつて分子生物学者で、思索的な異星生物学者(Xenobiologist)でもあった彼は、エイリアンに関する論文を発表し、嘲笑されました。彼は、真実と信じる自分の研究のために立ち向かわず、逃げ出してしまいます。
研究者から議論をふっかけられず、対立のない職業を求めて、グレースは中学校の科学教師になりました。いわゆる「クールな先生」で、生徒から大人気です。子どもに教える日々は意外と楽しく、人の学びを助けることが好きだと気づきます。
ところが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に巻き込まれ、最終的に無理やり宇宙船に乗せられる訳ですが、彼はやっぱり臆病なままでした。そんな彼が、親友となった「ロッキー」を救うために、自らの命をなげうつほどの覚悟を決めます。臆病者であったグレースを主人公にした核は、ここにありました。
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「次回作」を語って失敗、お蔵入りの7万語この記事は有料会員限定です








