【AI時代】文明は人を衰えさせる。ただ…
最近思ったことがある。
「AIを使うとアホになる(※比喩です)」みたいな記事を読んだ。
まあ、言いたいことは分かる。
今はスマホやパソコンで、何でもAIがそれっぽく書いてくれる。便利だし、早いし、どばーっと出してくれる。
その記事を書いた人も、かなり長い文章を書いていた。3000文字以上はあったんじゃないかな。
AIのことをかなりボロクソに言っていて、「自分で考えて打ち込んだ方がいい」「アホになる」と言っていた。
うん、まあ、分かる。
……ただ、ほんまにそれ、AIだけの話かな?とも思った。
少し前、誕生日のお祝いを書く機会があって、「お祝い」と書いた。
書けた。書けたんだけど、びっくりした。
字、汚っ……って。
その時ふと思った。
今の大人って、ひらがなやカタカナは分かっても、漢字がすぐ出てこなかったり、書き順が曖昧だったりすること、けっこうあるんじゃないかなって。
しかも、ただ書けるだけじゃなくて、形が整わない。
たとえば「春」って字ひとつでも、三本線を均等な幅で書くとか、ハネとか、長さとか、少し違うだけで全然きれいに見えない。
もともと私は字がきれいな方じゃない。
でも、それを差し引いても、今は「書けない人」かなり多いんじゃないかと思う。
文明って、発達すると人を楽にしてくれる。
でもそのぶん、どこかは確実に鈍っていく。
だから私は、人がアホになるのはAIに限らないと思ってる。
たとえば、そろばん。
最近あまり見なくなった。もし今も普通にあったらごめんだけど、昔より身近ではない気がする。
でも、数字を見ただけで瞬時に答えが分かるって、すごいことだと思う。
テレビで見たことがあるけど、あまりの速さに「本当に人間か?」と思った。
電卓なら打ち込む時間がある。
でも、そろばんを鍛えている人は見てすぐ出す。
秒だよ?
本当にすごいの。
多分勝負したりすると、
AIに読み込ませてる間に答え出してる人w
多分、人間の可能性って究めるとAIを超えたりするんだと思う。
歳をとって、劣化はするかもしれないけど、人間って本当はすごいんだよ。
それが今は「電卓あるし」で済まされる。
便利だから悪い、ではない。
でも、便利さに頼るほど、使わない力は落ちていく。
麻雀もそう。
私は家族麻雀くらいしかやったことないけど、あれってただ牌を揃えるゲームじゃない。
捨て牌を見て相手の手を読んだり、空気を読んだり、わざと見せて騙したりする。
ただの記憶ゲームじゃなくて、読み合いと騙し合いがある。そこが面白い。
しかも役を覚えて、点数を覚えて、相手の手を読んで、危険牌を避けて、それでも自分は上がれるように考える。
脳みそ、普通に忙しい。
今はアプリやパソコンで麻雀もできるし、点数も勝手に出してくれる。
でも実際に手で打つと、みんなすごかったのよ。
点数も役も覚えてるし、手の感触で牌を読んだりする人もいる。
なんでそんなに覚えてるん?って、昔よく思ってた。(負けるから本買った)
今って、こういう「自分の頭と手と感覚を使う遊び」自体が減ってる気がする。
だから、人間が鈍るのはAIだけのせいじゃない。
もっと広く言えば、便利さに負けてるんだと思う。
そして、その便利さはたいてい、お金ともつながっている。
そろばん塾が減るのも、麻雀する場所が減るのも、結局は稼げるかどうかの話になる。
便利で、早くて、効率がいい方が残る。
その結果、手間のかかるもの、時間のかかるもの、感覚を鍛えるものが消えていく。
車ばかり乗ってる人が、少し歩いただけでヒーヒー言ってるのを見ると、なんだかなあ、と思う。
便利ってありがたい。
でも、もし、いつかそれが全部なくなった時、私たちは何もできなくなってたりしないだろうか。
そう思うと、たまには文字の練習くらいしてもいいのかもしれない。
ノートでも買ってこようかな。
小学生が使うやつ(笑)
多分、いま絵を書いても文字を書いても、上手さや速さではAIに敵わないね。
それでも、手で何かを書くことには意味がある気がする。
人間の可能性を、少しでも鈍らせないために、たまには書いてみたい。
……でも、鉛筆ってまだ普通に売ってたっけ?
シャープペンシルが主流かもしれないけど、鉛筆はグラデーションが綺麗なのよね。
なので私は、何かを書くならシャープペンシルより鉛筆派です(笑)
でも、
原始的に戻っても、AIは無くならない気がするよ。
そう遠くない未来で、自分を衰えさせないで、時代に乗ることは、できるのだろうか?
まぁなるようにしか
ならんな
多分w


