生成AI(人工知能)を業務に広く利用する今、私たちは改めて「AIビジネスの現在地」を見極める必要がある。かつてSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)が水平(Horizontal、「汎用」の意)から垂直(Vertical、「業界特化」の意)へと提供価値を多様化させたように、AIビジネスもまた新たなフェーズに入りつつある。
本特集では、業界特化のAIに焦点を当て、企業向けAIサービスを提供するプレーヤーの動向に注目する。金融、医療、エンターテインメントの3分野について、グロービス経営大学院テクノベート経営研究所の専門家に寄稿してもらう。第1回はAIビジネスの全体像を俯瞰(ふかん)し、なぜ業界特化のAIを注視すべきなのかを、中村香央里研究員が解説する。
まず、現在のAIビジネスがどうなっているかを見ていく。データセンターやクラウドサービスなどの「インフラ層」と、それを活用する「アプリケーション層」のレイヤーの2つに大きく分かれる。
AIビジネスの価値を可視化(バリューチェーン分析)すると、その上流には、AIの計算資源を支えるデータセンターや、その内部で稼働するGPU(画像処理半導体)などのチップ、部品・装置が存在する。その下には、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)や米Microsoft(マイクロソフト)、米Google(グーグル)といったクラウドサービスがあり、米OpenAI(オープンAI)や米Anthropic(アンソロピック)が提供する基盤モデルなど、開発に必要なサービスがある。一方、下流には、それらを活用して具体的な価値を提供するAIアプリ開発企業が位置付けられる。
この構造の特徴は、上位レイヤー(インフラや基盤モデル側)ほどプレーヤーが少なく、下位レイヤー(アプリ側)ほどプレーヤーが増えるピラミッド型である点だ。
日本の主戦場はAIアプリベンダー
上位レイヤーはすでに海外の巨大テック企業による寡占が進み、競争ルールの変数が少ない。そのため、世界中からの投資がインフラ・基盤モデル関連の企業に集中している。スタートアップや日本企業がプラットフォーマーとして参入する余地は限られている。
実際、このレイヤーで競争力を発揮する日本企業は、データセンター、発電施設、チップメーカー向けの特殊かつ高品質な部品や装置といったハードウエア領域に限られている。フジクラ、三菱重工業、レーザーテックといった企業だ。このため、多くの企業にとっての主戦場は、上位レイヤーが提供するインフラや基盤モデルをカスタマイズして具体的な価値をユーザーに届ける下位レイヤー、つまりAIアプリベンダーの領域となる。
下位レイヤーでは、上位レイヤーの変革や、進化の方向性が競争ルールの変数となる。基盤モデルの性能向上は著しいが、それ自体はあくまで「道具」の進化である。進化する道具を使いこなしながら、いかに特定の課題解決に結びつけるかがビジネスの成否を分ける。
水平展開から垂直へ、歴史は繰り返す
AIビジネスの進化は、SaaSから始まりDX(デジタルトランスフォーメーション)の盛り上がりへと続いてきた、IT化の流れをくんでいる。
SaaS黎明(れいめい)期には、会計、人事、マーケティングなど職種別の課題を解決する「Horizontal SaaS」が普及した。業界を問わず水平展開が可能であり、市場規模を一気に拡大できる強みがあった。その後、建設、医療、不動産といった業界特有の課題に応える「Vertical SaaS」が台頭した。
現在のAIアプリ市場でも、これと同じ歴史が繰り返されている。現時点で主流となっているAIアプリは特定の機能・業務を代替し、水平展開が可能な「Horizontal AI」である。
Horizontal AIとは、ホワイトカラーの特定の業務機能を代替するプロダクト群である。請求書処理サービスのLayerX(レイヤーX)、契約書レビューなどの法務業務を支援するLegalOn Technologies(リーガルオンテクノロジーズ)、電話業務を自動化するIVRy(アイブリー)、営業解析のRevcomm(レブコム)などの企業向けAIプロダクトが該当する。
Horizontal AIが提供する主な価値は業務効率化である。Horizontal SaaSと同様に、業界を問わず導入可能なため、スケーラビリティー(拡張性)は高い。いったん業務フローに組み込まれれば解約されにくい点も強みだ。
一方で、競合と同じような基盤モデルやデータをカスタマイズしてアプリを開発するため、アイデア勝負になりやすく模倣が容易である。結果として機能UI(ユーザーインターフェース)設計や導入支援の巧拙で競うレッドオーシャンの状態が進んでいる。
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