日本マイクロソフト主催のイベント「Microsoft AI Tour Tokyo」(2026年3月24日開催)では、Microsoftが掲げるAI戦略や、それを支える製品アップデートが紹介された。
同社が提唱する「フロンティアトランスフォーメーション」のイメージと、AIがもたらすビジネスインパクトの本質について、各社のトップリーダーが語った。また、日本を代表する3組織のAIへの取り組みも紹介された。
失敗する組織は「技術」を買い、成功する組織は「現場のマインド」を変える
総務省が発行する『令和7年版 情報通信白書』によれば、世界のAI市場規模(売上高)は、2024年には1840億ドル、2030年には8267億ドルまで拡大すると予測されている。国内AIシステム市場規模(支出額)は、2024年に1兆3412億円(前年比56.5%増)、2029年には4兆1873億円まで拡大するという。
この市場拡大を勢いづけているAIベンダーの1社がMicrosoftだ。。日本法人代表取締役の津坂美樹氏は、「Microsoft 365 Copilot」(Copilot)の利用が急速に拡大しており、日経平均株価(日経225)に含まれる企業での導入率が94%を超えたことを発表した。世界では、「Fortune 500」に選ばれた企業の90%がCopilotを利用しており、日次のアクティブ利用は前年同期比で10倍に増加しているという。
急速に拡大するAIおよびCopilotの活用の潮流においては、従来の業務効率化やコスト削減といった目的にとどまらず、新たな枠組みの下でAIを捉える必要がある。Microsoftの沼本健氏(エグゼクティブ バイス プレジデント 兼 チーフ マーケティング オフィサー)は、同社が提唱する「フロンティアトランスフォーメーション」が今こそ必要とされていると語った。
AI導入に不可欠な「フロンティアトランスフォーメーション」とは
フロンティアトランスフォーメーションは、AIやAIエージェントと人間が協働する新しい組織モデルである「フロンティア組織」への変革を目指す戦略のことだ。「AIをビジネスの核として組織全体を再設計することで、AIが人間の可能性を引き出し、創造性やイノベーション、人と組織の成長を促すことにより、大幅な生産性向上や革新的な価値創造が実現できる」と沼本氏は言う。
数千のAIプロジェクトを支援してきた経験から、成功する組織には明確なパターンがあると沼本氏は述べる。必要なのは、「技術から入るのではなく、ビジネスの課題解決にAIをどう活用するか」というマインドセットから出発することだという。フロンティア組織へと変革していくためには「4つの成功フレームワーク」と「3つのアプローチ」が重要だ。
4つの成功フレームワーク
1.「従業員エクスペリエンスの強化(従業員の強化)」
優秀な人材を育成し、AIツールを提供したうえ、成果をKPIとして可視化する。
2.「顧客エンゲージメントの改革(顧客体験の再構築)」
パーソナライズされた顧客との関係性を通じて、新たに価値を創出する。
3.「ビジネスプロセスの再構築」
既存プロセスにAIを加えるのではなく、端から端まで業務プロセスを見直し、AIファーストで抜本的に設計し直す。
4.「イノベーションの加速」
素材開発や創薬、ソフトウェア開発の高速化など、自社の強みを拡張するためにAIを利用する。
これらの取り組みを実行するためのアプローチは次の3つだ。
3つのアプローチ
1.「人間の思いを成果へつなぐAI」
ただプロンプトを入力して結果を利用するだけでなく、人間が関与する承認プロセスなども含む業務ワークフロー全体をAIがサポートする仕組みを作り、自然に誰もがAIを業務に活用できるようにする。
2.「あらゆる場所に広がるイノベーション」
組織の各部門にビジネス課題を解決するアイデアを持つ人がいる状態にし、そうしたファンクションエキスパートのいる現場にAIツールを届ける。
3.「スタック全体にわたる可観測性(オブザーバビリティ)」
会社全体にAIを解放するに当たり、どのエージェントが動作し、どのような権限とデータアクセスを持っているかを可視化・管理し、ROIを含めて掌握する。
これらのフレームワークとアプローチにより、組織の誰もがAIを有効活用するフロンティア組織が形成できる。しかし、AIツールを導入したからといって変革が自動的に進むものではなく、強いリーダーシップの下でAIに関する考え方を定義して、強い意思を持って取り組む必要があると、沼本氏は強調する。
Microsoftの包括的AIプラットフォームとは
上記のようなフロンティア組織への成長を支援する道具として、Microsoftは2025年から次々と新しいツールを発表してきた。
最近では、2026年3月9日にMicrosoft 365 Copilotの機能拡張(Wave 3)や、「Claude」およびOpenAIの次世代モデルを含む多様なAIモデルの提供開始、「Agent 365」の一般提供開始(2026年5月1日から)、新たな「Microsoft 365 E7 Frontier Worker Suite」の一般提供開始(2026年5月1日から)を発表した。
2025年に開催された「Microsoft Ignite 2025」では、「IQシリーズ」と呼ばれる「Work IQ」「Foundry IQ」「Fabric IQ」とAgent 365が発表された。こうした製品の拡張により、同社はAIを中核とする包括的なプラットフォームの構築を進めている。
沼本氏は「AI時代において最も重要なものは、特定のLLM(大規模言語モデル)や演算用シリコンではなく、組織自ら構築する独自の“インテリジェンス”と“トラスト”(信頼)だ」と語った。
リスクを最小限にして安心・安全にAIを活用できる、自組織ならではのAIによる課題解決の仕組みが必要だという。生成AIとさまざまなツールを組み合わせ、連携して最適な仕組みを作ることが重要であり、その仕組みづくりに利用できるものとして、沼本氏は次のツールを例に挙げた。
エージェントの主要機能
1.Work IQ
従業員の働き方や、誰と誰が連携しているか、プロジェクトの進捗(しんちょく)や会議の議論内容など、組織内に流れる日々のシグナルをエージェントが活用できるようにする。
2.Fabric IQ
さまざまなバックエンドのデータソースをリアルタイムにまとめ、データ基盤として提供する。データにビジネス上の意味付け(セマンティック)することで、エージェントは単なる生データからではなく、文脈を理解した上で正確で一貫して回答する。
3.Foundry IQ
構造化・非構造化データを問わずあらゆる情報をまとめ、ナレッジベースとして機能する。
エージェント運用管理のトラストレイヤー
4.Agent 365
2025年の発表後、2026年5月1日から一般提供開始予定。組織内で作成・利用される多種多様なAIエージェントを一元管理し、監視、保護するための統合管理基盤となる。エンドツーエンドでエージェントの可観測性を確保し、権限やデータアクセスを可視化して、アクセスガバナンスを適用できる。承認ワークフローにより安全性も保証する。
組織独自のカスタムAIエージェント開発基盤
5.Microsoft Agent Factory
組織が独自のカスタムAIエージェントを設計し、構築、テスト、展開(デプロイ)するための一連のツールとフレームワークを提供する。
講演では、上記プラットフォームを利用した効率的な業務遂行・連携例が、架空の会社を舞台に寸劇形式のデモで紹介された。
東京都・明治安田生命・JPiXのAI活用のポイント
AIを活用して組織の変革を目指すトップリーダーたちは、どのような考えの下、どのように取り組んでいるのだろうか。ユーザー組織の代表として、東京都副知事の宮坂学氏、明治安田生命保険取締役執行役社長・グループCEOの永島英器氏、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長の冨山和彦氏に、日本マイクロソフトの津坂氏が聞いた。
東京都「世界最速の行政サービスを目指す」
東京都では、2025年に約4万人の本庁職員全員が生成AIを利用できる環境を整備し、現在では日常業務で活用されている。
エージェント機能が使えるようになってからわずか1カ月で、職員が自作したエージェントの数は1000近くに達したという。人事異動の時期に合わせて、引き継ぎ会議などの情報から自動的に引き継ぎ書を作成するエージェントが、職員の手によって作られた。
行政の仕事は、「情報を集めて意思決定の材料をまとめる業務」と「現場でインフラ整備などを行う業務」の2つに分けられる。そのうち、前者の情報処理業務はAIとの相性が非常に良いと、宮坂氏は語る。今後、公務員の数は減少していくと見込まれるため、減少した人数分をカバーできるように、「今の内にAIに投資し、AIが働けるようにしておかなければならない」と、人材不足の危機感を背景とした決意を示した。AIを利用して、企業や都民など必要としている人に「世界で最も早く行政サービスを届ける組織」になることを目指し、テクノロジーで巨大官僚組織を変革するチャレンジを続けているという。
明治安田生命保険はAIの「安心」と人間の「信頼」の融合を図る
明治安田生命保険は現在、長年稼働してきた巨大なレガシーシステムを、オープン系システムへ移行中だという。新しい技術に目を奪われがちだが、それにこだわることなく、保険会社として大切にしてきた「安心と信頼」をさらに高めることが重要だと、永島氏は語った。
AIやデジタル技術はリスクを減らし「安心」を高めることができる。しかし「信頼」は同社3万7000人の営業が顧客と対面提案する現場の業務こそがもたらすという。永島氏は「部分が物語の一部となり、共感を引き出すこと」が需要だと述べた。従業員に対しては「答えはAIの中ではなく現場にある」と伝えているという。
いまはAI導入の好機と考えるJPiX
JPiXの冨山氏は、日本の構造的な人手不足の課題の深刻化を指摘し、「AIは現場の生産性を劇的に上げる力を持っており、AIで武装した現場を作らないと日本の社会はもたない」と断言した。
その一方、日本の大企業のホワイトカラーや管理部門は人が多すぎる状態にあると指摘した。過去に30人がかりで2カ月かかっていた商品開発のプロセスが、AIを使えば一瞬で終わる時代において、管理部門の業務は完全にAIによって代替されていく。集計や分析といった仕事はAIに代替されるため、現場で判断を下す「ミニボス」と、経営判断を下す「大ボス」に二極化していくと予測した。
冨山氏は、ホワイトカラーや管理職の人員を本気で減らし、組織を軽量化しなければ、グローバルなコスト競争に勝つことはできないと述べた。裏を返せば、思い切ってAIを導入できる好機であり、これからのリーダーには、AIを有効に使うための「本質的な問いを立てる力」、方針を「決める力」、既存の組織を動かすための「ソフトパワー(人間力)」、そして「結果責任を取る覚悟」という4つの要件が不可欠になると説いた。
AIは業務効率化やコスト削減のツールとしてばかりでなく、組織のビジネスプロセスを根本から再構築し、変革するための中核として、これまでとは異なる存在感を見せるまでに成長している。AIエージェントとその運用管理ツール、数々の知識基盤という道具も充実してきた。組織を新しいステージに持ち上げるためのフレームワークとアプローチ、ユーザー組織の見解なども参考に、組織ならではのAI活用による変革活動に取り組むべき時が来ている。
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日本マイクロソフト 津坂美樹氏(代表取締役社長)
マイクロソフトコーポレーション 沼本兼氏(エグゼクティブ バイス プレジデント兼チーフマーケティングオフィサー)
マイクロソフトが提供する包括的プラットフォームの構造を説明する沼本氏(筆者撮影)
講演でのパネルディスカッション (左から)津坂氏、宮坂氏、永島氏、冨山氏


