今回は、Vertical AI(業界に特化した人工知能)に高い期待がかかるヘルスケア・医療に焦点を当てる。この分野のAIスタートアップは、生成AIが脚光を浴びる前から活躍しており、存在感が大きい。グロービス経営大学院テクノベート経営研究所の中村香央里研究員が、日本の医療AIスタートアップの現在地と主な成功事例からVertical AIの成功要件を整理する。
ヘルスケア・医療分野のVertical AIを知るには、国内の医療スタートアップの現状を俯瞰(ふかん)するのが近道だ。患者、医師、医療機関の負担を軽減するソリューションや、新しい治療を提供するスタートアップに高い期待が寄せられている。AIがプロダクト・サービスの価値提供の主軸となっている企業もあるが、評価の高い医療スタートアップの全てがAIプロダクト・サービスを提供しているわけではない。
医療のAIプロダクト・サービス品質は他業界と比較して決して高くない。前提として医療機関のデジタル化は遅れている。電子カルテの診療所における普及率は2023年時点で55%(厚生労働省調査)にとどまる。デジタル化やその先のDX(デジタルトランスフォーメーション)の需要が強いことから、デジタル化のためのプロダクトにAIの要素を付加したケースが多く見られる。
というのも、高齢化で高まる医療サービス需要に対して、現場は慢性的に深刻な人手不足に陥っており、DXを進める余力に乏しい。医療業界にはVertical AIが解決すべき課題が凝縮している。医療のVertical AIでの注目テーマは大きく2つだ。
1つは、「画像診断AI」だ。AIが、内視鏡やX線、MRI(磁気共鳴画像装置)などの画像を解析し、病変の検出や鑑別をサポートする。医療機器として医師の意思決定を支援する。もう1つは、「ヘルスケアデータの収集・活用」だ。こちらに活用されるAIは医療機器ではない。生活者や患者から得られる膨大なデータを収集し、予防医療や創薬、マーケティングに活用する。
どちらも生成AIブームより前の第3次AIブームで開発が進み、新型コロナウイルス禍以前に実装まで到達した。この2つの潮流は、ビジネスモデルも成長のドライバーも異なる。それぞれの事例から、その構造的な違いを見ていこう。
専門医の「目」を拡張する画像診断AI
画像診断AIは、あくまで診断の支援だが、医師の負担軽減と診断精度の向上に直結するため、現場のニーズは高い。
実は、日本は世界トップクラスの内視鏡医療先進国である。世界初の胃カメラはオリンパスによって開発され、軟性消化器内視鏡は日本メーカー3社のシェアが9割を超える。日本の内視鏡医は層が厚く、世界で見ても最高水準の教師データが蓄積されている。
画像診断AIには大手企業がこぞって参入している。オリンパスの内視鏡画像診断支援ソフトウエアは、AIで大腸の病変を検出し腫瘍・非腫瘍の判別をサポートする。また、富士フイルムやNECも製品を投入しており、内視鏡や肺の画像診断を中心に実用化が進む。
スタートアップも参戦している。AIメディカルサービス(以下、AIM)は、消化管(食道・胃・大腸)の内視鏡画像のAI解析に特化している。
同社の強みは品質だ。100以上の医療機関との共同研究で得た高品質なデータをAIに学習させている。2023年には早期胃がんに特化したAIプロダクトが、医師の診察を手助けする「プログラム医療機器」として製造販売承認を得た。
シンガポールやブラジルでも医療機器の登録を完了するなど、海外展開も進めている。2024年には同業のスタートアップであるエルピクセルとの業務提携を開始。エルピクセルの大腸ポリープ検出を支援するAIで、下部消化器官にも対応できるようになった。
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