生成AIの活用で、仕事がしんどくなる?
こちらの記事は、とある従業員約200名のアメリカの企業を対象に、2025年4月〜12月の8ヶ月間にわたる実地調査を行い、生成AIが働き方をどのように変えたかを分析したレポートになります。
重要なのは、この企業はAIの使用を強制していなかったということです。従業員が自発的に使い始めた結果、どのような変化が起こったかが報告されています。
実際に報告された、3つの変化
変化1. 業務の拡張
生成AIが不足した知識を補ってくれるため、従来は他の専門家の仕事だったはずの領域まで踏み込む従業員が増えました。
具体的には、以下のような内容が報告されています。
プロダクトマネージャーやデザイナーが、コードを書き始めた
リサーチャーがエンジニアリング業務を担うようになった
以前なら外注・先送り・回避していた仕事を自分でやるようになった
できることが増えたというと良い影響に見えますが、本来自分がしなくても良いはずの業務をするようになったことにより、業務の範囲が徐々に拡張されてしまいました。
さらに、エンジニアは他職種がバイブコーディングで生成した不完全なコードのレビューや修正に追われるようになり、負担が増大しました。
変化2. 仕事とプライベートの境界が曖昧に
生成AIの活用により、従来と比較して気軽に仕事を始められるようになったこともあり、休憩時間や夜間・休日にまで仕事が侵食するようになりました。
具体的には、以下のような内容が報告されています。
昼食中、会議中、ファイルの読み込み待ち中に生成AIへのプロンプトを入力
「席を離れる前に最後のプロンプトだけ送っておく」という行動が常態化
会話形式のプロンプトの入力がチャットのように感じられ、夜や早朝にも仕事がこぼれ出た
多くの従業員は後から振り返って、「休憩がもはや休憩にならなくなっていた」ことに気づいたそうです。仕事がいつでも少しだけ進められる環境になることで、常に仕事が脳内に存在するような状態になってしまいました。
変化3. マルチタスクの増加
生成AIによって複数の作業を並行して行うことが簡単になったため、新しい働き方のリズムが生まれました。
具体的には、以下のような内容が報告されています。
手動でコードを書きながら、生成AIが別バージョンのコードを生成
複数のAIエージェントを同時に動かす
「AIがやってくれるから」と先送りにしていたタスクを、大量に復活させる
(生成)AIをパートナーのように感じることで「やる気」を得た一方、実態は絶え間ない注意の切り替え、頻繁なAIのアウトプットの確認、膨れ上がる様々な業務に向き合う必要があり、認知的負荷が増大する結果となりました。
悪循環のメカニズム
記事では、AIで業務を加速させるとスピードへの期待が高まり、それによりさらにAIへの依存が増え、さらに業務の範囲が広がり、仕事の量と密度がさらに増す…という悪循環に陥ると述べられています。
あるエンジニアは「AIで生産性が上がれば仕事が減ると思っていた。でも実際には、仕事は減らない。同じか、むしろ増えている。」と語っています。
組織への悪影響
このような自発的な業務の範囲の拡大は、経営者にとっては良いことのように見えるかもしれませんが、記事ではそのリスクも挙げられています。
短期的な生産性向上の裏に、仕事量の増大が隠れていることを見逃してしまう
余分な努力が「楽しさゆえの行動」と捉えられ、リーダーが従業員の負荷を見逃しやすい
時間が経つと、判断力の低下・エラーの増加・燃え尽き症候群が見られるようになる
「本当の意味での生産性向上」と「持続不可能な状態」の区別が困難になる
「AIプラクティス」の構築
記事では、このような課題を解決するにあたっては個人の変化に頼るだけでは不十分であり、組織レベルでAIプラクティスを設けるべきであると主張されています。
AIプラクティスは、組織におけるAIの利活用に関するルールとルーティーンのことで、具体的には以下の3つが挙げられています。
意図的な一時停止
例えば、「重要な決定をする前に、必ず1つの別の見方と、チームや組織の目標との関連を確認する」といったルールを設けることで、考えすぎてしまうことを防ぐ。作業の順序・タイミングの管理
どれだけ速く動くかではなく、いつ前に進めるかを決めておく。例えば、急ぎでない通知はまとめて確認する、区切りのいいところまで作業の更新を待つ、割り込みをなくした集中できる時間を確保するなど、作業が途切れたり別の作業に気を取られたりすることを減らす工夫が必要。人間的な対話の確保
AIを使った一人の作業が増える中で、人と話したり、相手の話に耳を傾けたりする時間を意識的に確保する。簡単な近況の確認をしたり、チームで仕事を振り返ったり、目的を持った話し合いの機会を作ったりすることは、AIとの孤独な作業で生じる消耗を和らげ、新しいアイデアや気づきを生み出すことにもつながります。
調剤薬局でも同様のことが言えます
例えば、生成AIは今まで自分たちだけではできなかったタスクや、今までは優先度が低かったために手が出しにくかったタスクまでこなしてくれるので、新たに患者さん向けの広報誌を作り始めたり、知見を深めるために生成AIとたくさんの論文を読みはじめたり、レセコンに蓄積されているデータから処方箋枚数や処方内容の傾向の分析をし始めたり…といったチャレンジがしやすい環境になったと言えます。
ただ、このような追加業務が増えることにより、以下のようなリスクが増えるかもしれません。
気づかないうちに業務の範囲が広がり、各スタッフが休憩中や業務時間外にも仕事のことを考えてしまうようになる
本人が気づかないうちに疲労や認知的負荷が蓄積し、判断力が低下したり、調剤・監査・服薬指導において過誤が起こりやすくなったりする
上記のような状態が続くことにより、燃え尽き症候群に至る
これらに加えてもう一つ補足すると、シャドーIT(シャドーAI)のリスクも無視できません。特に休憩中や業務時間外に仕事のことが頭をよぎった場合に、スタッフが自身の端末(薬局内で管理・把握していない端末)で仕事をしてしまったり、生成AIに色々質問してしまったりする可能性があります。
個人情報や機密情報を保護するという観点からも、業務時間とそれ以外の時間を明確に区別できるように仕組みを整える必要があるでしょう。
生成AIを導入する前に、スタッフ間で話をしてみましょう
調剤薬局のスタッフ(特に薬剤師)は、患者さんの健康に影響を与える可能性がある業務を担っている以上、判断力の低下や燃え尽き症候群のリスクは決して軽視できません。ゆえに、生成AIを活用して新しいことをしようとするときは、これらのリスクにも目を向ける必要があります。
こういったリスクを少しでも軽減するために、あらかじめスタッフ間で以下のような内容に関して話し合っておくと良いでしょう。
既存業務を生成AIに補助してもらう場合は、それによってどのようなメリットがあるのかをスタッフ間で確認する
新しいことを始める場合は、誰がどの業務を担当し、どこまで生成AIに補助してもらうのかを明確にする
生成AIを導入してからは、定期的にスタッフの業務の状況を確認したり、実際に薬局にどのような恩恵がもたらされているかを整理したりして、スタッフの業務だけが拡大していく状況を防ぐ
副産物として、このような話し合いはスタッフ同士のコミュニケーションのきっかけにもなり得ます。
それに加えて、定期的にスタッフから業務の状況などを聞くことは、生成AIを使った1人の作業が増える中で、人と話したり相手の話に耳を傾けたりする時間を意識的に確保することにもつながります。
生成AIの本当の価値は、何ができるかだけでなく、毎日の仕事の流れにどれだけ丁寧に組み込めるかによって決まります。
調剤薬局に限った話ではありませんが、組織は生成AIによってもたらされる変化にただ流されるのではなく、自分たちで意識して環境の変化を設計していかなければなりません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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