AIによって音楽家が消える日
今からAIと音楽家について辛い現実を書く。音楽家の多くはAIによって職を失う。僕もその渦中にいる。
AIが作曲できるようになる、編曲できるようになる、そういう話はもう散々聞いてきたと思う。でも本当に怖いのはそこだけじゃない。
ヒットの正体
ヒットは集団心理で動く。もちろん一人一人の好きという感情は本物だ。ただ、マクロで見れば、周りが聴いてるものを聴き、バズってるものに反応し、ランキングに影響される。このパターンは学習可能だ。学習可能なものはAIが再現できてしまう。ヒットを生む構造をAIが学習できるなら、企業やレーベルがヒットメーカーに発注する理由が減っていく。AIの方が安くて速いなら、企業はそっちを選ぶ。これが、音楽家にとって一番残酷な現実だと思う。
資本主義だろうが社会主義だろうが、メジャーだろうがアングラだろうが、人間はそのセグメントの流行を追う。そしてこの習性は変わってこなかった。
逆張りのヒットも例外じゃない。パンクもヒップホップも、売れた瞬間にデータになった。データになればAIは学べる。
AIはゼロから流行を作るんじゃない。流行を増幅する装置として強い。でもその増幅がえげつなく強力なら、最初の火種なんて誰が作っても同じになってしまう。
AIが音楽家を脅かすベクトルは二つある。一つは演奏。AIが生音を再現できるなら、スタジオミュージシャンの仕事が減る。もう一つは作曲。ヒットの構造をAIが学習できるなら、作曲家やプロデューサーの仕事が減る。
消えていく仕事
遺憾ながら、音楽家が必要でなくなる可能性はどんどん現実味を帯びてきている。このままAIが向上していけば、作曲家や編曲家の仕事をAIがこなせるようになっていく。
全員が淘汰されるとは言わない。ただ、今まで食えてた人が食えなくなって音楽の職を失う可能性は大きい。どんなに結果を残した人物も例外ではない。実績があるだけでは生き残れない。
音楽を信じてる自分としては、この現実を認めたくない。でも目を逸らせない。拒否反応を示す人もいるだろう。AIを魔女裁判のようにヘイトするのはここからきてるところもあると思う。
少なくとも今はまだ、AIはプロの音楽家の独創性にはかなわない。僕もAIを使う時にフルで任せないのはそこにある。ただ、さっき書いた通りヒットが学習可能なパターンで動くなら、独創性がなくても売れるものは作れてしまう。さらに、いつかは独創性すらAIが追いつくかもしれない。AIを駆使しようが拒否しようが、時代の流れに逆らうのは不可能だ。かつて我々が経験した産業革命と同じだ。
生き残る条件
じゃあ生き残るにはどうすればいいのか。
資本主義社会の鉄則は、安く仕入れて多くの人に売ること。コストがかかるものはどんどん使われなくなる。企業は感情で動かない。AIが同等のものを作れるなら、迷わずそっちを選ぶ。アートを追求する音楽家はプロでやっていく場合、ここは避けられない現実だ。
これは今に始まったことじゃない。70年代はフルバンドを録音するために大きなスタジオがいっぱいあった。MIDI音源の登場で生演奏の需要が減り、大きなスタジオの数は世界的に減っていった。同じことがAIでもう一段起きる。
ただ、例外がある。それは信頼だ。信頼とはすなわちIP(知的財産、その人自身の価値)、ブランド力。
リスナーは音だけで判断してない。誰が、どんな状況で作ったか。その文脈がバズの起点になる。作曲家やプロデューサーにとっても、アーティストの文脈やサウンドを理解している人間にしか出せない判断がある。これはAIには真似できない。そしてこの武器は、ブランド力がある人間にしか効かない。
ブランドの形は一つじゃない。圧倒的に売れている人。もしくは「この人は〇〇の第一人者だ」と認められている人。どちらも、企業が金を積んででもオファーする対象になる。一方で、ブランドがない人材にわざわざコストをかける理由がなくなる。AIで十分だからだ。結果、選択肢は二つしかなくなる。限りなくコストがかからないAIに行くか、信頼に金を払うか。中間が消える。
全てが単純に消えるわけじゃない。ただ、今までの形では成立しなくなる。
職を失う側から見れば、醜い構造。悲しいけど、誰も助けてくれない。
スキルや技術はいつか数値化される。されないのは、誰がなぜそのリスクを取ったかという事実だ。
生き残るのは、過去の実績が現代も生きている人。アクティブなファンやフォロワーを持っている人。ものすごく高い技能を持っていて、それがしっかり可視化されている人。
もう一つはライブだ。録音物はコピーできる。でもライブ体験はコピーできない。業界では耳にタコができるくらいよく聞くフレーズだが、これは真理だ。
カニエがドームの屋上でライブをやった。あの映像を見ただけでも何かが伝わってくる。でもあの場にいた人間が受け取ったものは、映像とは別物だ。僕自身、トップシークレットマンのライブで最前列のモッシュの中にいた時、あの空気、あの圧、あの熱は絶対に録音物では再現できない。
「その場にいた」という希少性は、どんなテクノロジーでも再現できない。面白さでロボットだけが演奏するライブに興味を持つ人もいるだろう。渋谷慶一郎さんのロボットオペラが成立しているのは、渋谷さんの思想が作品として可視化されているからだ。結局、そこにもIPが必要になる。
皮肉なことに、スタジオワークや作曲でミュージシャンの需要が下がっていく一方で、ライブ演奏ができるミュージシャンの需要はさらに上がっていくと思う。スキルが不要になるわけじゃない。ただ、仕事の枠は確実に減る。そこでサバイバルするのは昔より難しくなる。
コンピュータ革命で、任天堂が延々と花札だけを作り続けていたら巨大産業になるのはおろか、倒産してたかもしれない。産業革命で馬車の部品を作っていた会社は、車社会に対応できなければ淘汰された。車輪を作る会社は馬車から自動車のパーツを作るように順応できないといけなかった。今僕らミュージシャンもそれが求められている。
僕はどうするか
AIは集団心理を学べる。演奏も作曲も脅かされる。中間は消えて、IPを持つ者とAIの二択になっていく。これがここまで書いてきた現実だ。
ただ、数値化できないものがある。リスクを取る覚悟。本気の感情。ライブの体験。どんなにテクノロジーが発達して、効率化を求めていっても、最終的に人間は温もりを求める。それが本能だからだ。
じゃあ僕はどうするか。正直に言えば、危機感とワクワクが同時にある。矛盾してるのはわかってる。でもこの矛盾こそ、AIには持てないものだと思う。ハルシネーションとは違う。
目を逸らさない。使えるものは全部使う。その中で自分のエゴや夢をどうねじ込むか、常にチャンスを狙って戦っていく。
そもそも自分が好きなものはメジャーで流行っているものじゃない。カウンターカルチャーだ。カウンターカルチャーは怒りや渇きから生まれる。今の状況がつまらない、ここから抜け出したいという欲望。それはAIに生成できない。AIに奪われるなら、AIごと使い倒す。
やり方を間違えればただの玉砕で終わる。でも、ロックもヒップホップも最初から勝算があったわけじゃない。時代の流れで手法は変わっていく。でも反骨精神が社会を動かしてきた。人間の知恵と共に。


