AIに日常のほっこりを奪われる未来
近所のコンビニのお姉さんが好きだ。
誤解を招かないように補足すると、異性としてではなく、その人柄にである。
一年前、甲子園のチケットを発券した際「観に行かれるんですね」と、私もファンなんですみたいな表情で言葉を添えてくれたのが最初の関わりだった。
LAWSONは自宅から遠いため、たまにしか行かないのだが、それ以降私が阪神ファンであることを覚えていてくれて、スポーツ新聞を買うたびに「阪神強いですね」と言葉をかけてくれるようになった。
実はこうしたさり気ないやりとりが、一日の気分を上げてくれるものである。
だって人間なんだもの。
これから先、無人レジが当たり前になるだろうが、こうした店員さんとのやりとりが失われる未来はとても淋しい。
やる気のないバイトくんとは決して絡みたくないが、AIを凌駕する店員とのやりとりは失くしたくない。
神対応とは言い得て妙だ。
ラグジュアリーホテルや百貨店なら、ホスピタリティを享受できるのだろうが、そこは外国人や有閑マダムに占拠されている。
もとより私のような庶民には、アパホテルやまいばすけっとしか選択肢がないのである。
Starbucksなら印象の良い店員と出会えるかも知れない。
しかし、無印良品やLoftが「こちらにどうぞ」と無人レジに誘導するのを見ると、購入時に人と関わることは早晩消えてなくなるだろう。
神対応とは、推しのグッズを大量購入してチェキの合間に行われる行為であり、レジのやりとりでそれを期待するのは最早ナンセンスの極みなのである。
seidakun





