Arm、サーバー向けMPU自前開発の深謀 顧客との摩擦は小さい

日経XTECH / 4/8/2026

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Key Points

  • Armが初の自社開発IC「Arm AGI CPU」(サーバー向けMPU)を発表し、AIデータセンター用途を狙う。最初の共同開発顧客は米Metaで、TSMCが製造を担う。
  • AGIはNeoverseをベースにした設計で、36kWラックに搭載した条件でx86のXeon/EPYCの約2倍の性能・省電力効果を訴求している。
  • ArmはCPUコアベンダーとして成功してきたが、自前MPU販売に踏み込み半導体メーカーと競合する可能性がある一方、AGIでは顧客(特にハイパースケーラー)との摩擦は小さいとみられる。
  • ハイパースケーラーが独自MPUを作る主因は大量採用による開発費回収と部品コスト削減、仕様最適化だが、AGIを複数社が採用すれば独自MPUよりコスト面で優位になり得る。
  • AGIは2026年後半から提供開始見込みで、AIサーバーの計算資源と電力効率の競争軸に影響する可能性がある。

 ソフトバンクグループ(SBG)傘下の英Arm(アーム)は、初めて自前で開発したIC「Arm AGI CPU」(以下AGI)を発表した。AI(人工知能)データセンターを狙ったサーバー向けマイクロプロセッサー(MPU)で、最初の顧客となる米Meta Platforms(メタ・プラットフォームズ)と共同開発した。製造は台湾積体電路製造(TSMC)へ委託する。AGIを搭載したサーバーは2026年後半から広く提供される。

 2026年3月24日(米国時間)に米サンフランシスコで開催したプライベートイベント「Arm Everywhere」で発表した。登壇したArm最高経営責任者(CEO)のRene Haas(レネ・ハース)氏によれば、36kWのラックにMPUを詰めた状態では、AGIはx86アーキテクチャーのMPU、すなわち米Intel(インテル)の「Xeon(ジーオン)」や米AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイス)の「EPYC(エピック)」の2倍の性能を提供できるという(図1図2)。AIデータセンターの課題である消費電力削減に寄与するとした。

図1 Arm CEOのRene Haas氏。掲げているのがAGIである(出所:Arm)
図1 Arm CEOのRene Haas氏。掲げているのがAGIである(出所:Arm)
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図2 36kWのラックで、AGIとx86アーキテクチャーのMPUの性能を比較(出所:Arm)
図2 36kWのラックで、AGIとx86アーキテクチャーのMPUの性能を比較(出所:Arm)
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CPUコアベンダーから半導体メーカーへ

 ICの設計に使うCPU(中央演算処理装置)コアのベンダーとして成功を収めたArmがICの自社開発・販売に乗り出したことで、顧客の半導体メーカーと競合するとの見方が出ている。競合が皆無ということはないが、AGIに関しては顧客との摩擦は小さいだろう。その理由を考えてみる。

 AGIはArmのサーバー向けCPUコア「Neoverse」をベースとしたMPUである。NeoverseはモバイルSoC(システム・オン・チップ)向けCPUコア「Cortex-A」、マイコン向けCPUコア「Cortex-M」に続く事業の柱として2018年に発表した。XeonやEPYCに比べて電力効率が高いことが、Neoverseの最大の特徴である。

 その特徴は大規模データセンターを運営するIT(情報技術)企業、いわゆるハイパースケーラーに評価され、ハイパースケーラーが独自開発するMPUに採用された。米AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の「Graviton」や米Google(グーグル)の「Axion」、米Microsoft(マイクロソフト)の「Azure Cobalt」などである。これらのMPUはデータセンター事業で使われている。Armによれば、ハイパースケーラーが使うMPUの過半がNeoverseベースという。

 ハイパースケーラーが独自MPUを開発する理由は、使用する個数が莫大なので、開発費を自ら負担しても市販のMPUより部品コストを大幅に抑えられることである。自社に都合の良い仕様のチップにできることも理由だろう。

 ただし、半導体は個数増によるコスト低減効果が大きいため、複数のハイパースケーラーがAGIを使えば独自MPUよりもコストが下がる可能性がある。供給元が2つに増えれば、独自MPUの一本足打法に比べて事業継続性でも優位になる。実際、AGIの発表に際しハイパースケーラーはそれを歓迎するコメントを出している。

 NeoverseはハイパースケーラーのMPU向け事業で成功しているが、NeoverseベースのMPUを市場に供給する半導体メーカーは育っていない。有力顧客候補のハイパースケーラーが独自にMPUを開発していることが響いているためだ。AGIの市場投入によって、ArmはNeoverseの顧客層を広げたいところである。ArmはMeta以外の顧客候補として、ドイツSAPや韓国SK Telecom(SKテレコム)、米OpenAI(オープンAI)などを挙げている。

 現在、NeoverseベースMPUで広く知られる半導体メーカーは、米Ampere Computing(アンペア・コンピューティング)くらいだろう。AmpereはArmと同じくSBG傘下にあり、摩擦が生じたとしてもSBGが何らかの調整に入る公算が大きい。

 米NVIDIA(エヌビディア)もNeoverseベースのMPU「Grace」を手掛けるが、ここでも摩擦は生じにくい。GraceはNVIDIAが自社GPU(画像処理半導体)と組み合わせて提供するための製品であり、単体での事業性は問題ではないだろう。むしろ、AGIの登場によってGPUとNeoverseベースのMPUを組み合わせる機会が増えると考えられる。今回のイベントではNVIDIA創業者兼CEOのJensen Huang(ジェンスン・ファン)氏がAGIを歓迎するビデオメッセージが紹介された(図3)。

図3 お祝いのメッセージを送るNVIDIAのJensen Huang氏(出所:Armのイベント紹介ビデオから日経クロステックがキャプチャー)
図3 お祝いのメッセージを送るNVIDIAのJensen Huang氏(出所:Armのイベント紹介ビデオから日経クロステックがキャプチャー)
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 富士通が開発中のMPU「FUJITSU-MONAKA(モナカ)」シリーズもAGIと競合しそうだが、富士通はすみ分けが可能と見ているようだ。FUJITSU-MONAKA-Xが理化学研究所の「富岳NEXT」(開発コード名)に採用されるなど、HPC(高性能コンピューティング)やスーパーコンピューターにも利用されるため、MONAKAシリーズとAGIは真正面からの競合とはなりにくい。

 AGIの市場投入には、Neoverseの顧客層を広げることに加えてもう1つ意味がある。サーバー向けMPU市場へのRISC-Vコア陣営の参入を難しくすることだ。RISC-VはArmのCPUコアによる市場寡占への懸念から生まれた。着実に普及が進んでいるとはいえ、RISC-Vコアベースの有力なMPUはまだ見当たらない。AGIが広く市場で受け入れられれば、RISC-Vの浸透を遅らせたり防いだりすることにつながる。

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参入は自然な流れ

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