『暗黙知の次元』を再読、AIブームの最中に人間の強さを確認した

日経XTECH / 4/9/2026

💬 OpinionIdeas & Deep Analysis

Key Points

  • 『暗黙知の次元』を再読し、AIブームの最中でも人間の学びや創造の強さが「コミットメント」と結びついていることを再確認した。
  • 身体経験が学習に不可欠だという観点で、ChatGPTのコメント例(ヘレン・ケラーのwater)を通じてポランニーの主張(身体が認識に関与する)を現代の文脈で捉え直した。
  • 本書は難解すぎない一方で論旨は明確で、技術者にとって直観や想像力による探求(隠れた調和の発見)を後押しする内容だと論じる。
  • 『創造的想像力』の翻訳者が示す「いかにカンを働かせるか」という問題意識が、企画・設計・開発・運用など“日々を創造に賭す”職務に勇気を与えると述べる。

 2026年4月3日から4日にかけて、マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』(高橋勇夫訳、ちくま学芸文庫)を5年ぶりに読んだ。通読はおそらく3度目だ。2人の知り合いとメッセージをやり取りしたのをきっかけに読もうと思った。

 「先達の文豪は『とにかく書け』『大量に書け』と口をそろえて言います。書きたいことは、書くことによって分かるからです。このところずっと原稿と格闘しているので、私ですら実感できます。まさにコミットメントによって開けるポランニーの『暗黙の次元』です」

 知り合いのコンサルタントから3月上旬に送られてきた電子メールの一節である。ポランニーの本の原題は“The Tacit Dimension”なので、そのまま訳すと「暗黙の次元」になる。

 このコンサルタントは2025年から本を書こうとしており、「意見がほしい」と言って草稿を時々送ってくる。筆者以外にも呼びかけているようで「指摘を受けて書き直しました」というメールと共に更新された草稿が届くこともある。

人は頭だけではなく身体で学ぶ

 「『人間が学ぶときは身体経験が必要』とChatGPTも言っていました。例として挙げられたのがヘレン・ケラーのwaterです」

 ITトレーニングのプロフェッショナルから寄せられた一文である。AI(人工知能)にピアノを習ったという拙文をSNSで紹介したところ前述のコメントを書き込んでくれた。

 コンサルタントからのメールにポランニーの名前があったためか、ITトレーナーのコメントを読んだときに「ポランニーも身体が重要と書いていたはず」と思い出した。そこで『暗黙知の次元』を引っ張り出して読み返したわけだ。

 ポランニーは「私たちの身体は対象の知覚に関与しており、その結果、外界の事物すべての認識に参与する」、その「関与の仕方を解明することによって、人間のもっとも高度な創造性を含む、すべての思考の身体的根拠を明らかにすることができる」と書いていた。何かを身に付けるときはもちろん、何かを生み出すときにも身体が関わる。

『暗黙知の次元』は技術者を勇気づける

 『暗黙知の次元』は分かりやすい本とは言えない。しかし難解で手に負えないというほどではない。130数ページと短いので、技術を担う日経クロステックの読者に一読をお勧めする。ポランニーの別の著書『創造的想像力』(ハーベスト社)の翻訳者、慶伊冨長氏も科学者や技術者そして「日々を創造に賭している人々」はポランニーに注目してほしいと同書の後書きで述べていた。

 慶伊氏が挙げた人々は「『いかにカンを働かせるか』に苦労している」。ポランニーは直観に導かれた創造的想像力(creative imagination)により新たな法則など隠された調和を探求できると明言している。この主張は「日々を創造に賭している人々」、例えば情報システムの企画者、設計者、開発者、運用者を勇気づける。4年ほど前に「日経コンピュータ」に書いた記事の一部を再掲する。

 「直観に導かれ、想像力が勢いよくほとばしり出て、想像力が思いついたものを直観力が集約」し、何らかの「調和」の「ビジョン」を得る。ビジョンは不確かなものだが、それを頭に入れて考え抜き、物事を見ていくと、意識していなかった何らかの手がかりを得て、調和のビジョンを深めていける。こうして「追求しているものが何であるかを知ることなく」「発見を追求」できる。

 慶伊氏によれば、『創造的想像力』はポランニーが彼の「哲学の核心ともいうべき『暗黙知』を化学系の科学者技術者ならびに学生に向けて平易に解説した」ものである。あらゆる技術者に向けたメッセージとして読める。

次のページ

ITの仕事における身体経験は何か

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます