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生成AIの普及で「AIエンジニア」や「データエンジニア」などの肩書きが注目される中、データサイエンティストという職種を取り巻く状況はどう変化しているのか。
「『データサイエンティスト』はどこへ」と題した本特集の前編では、ガートナージャパンのアナリストの視点から業界全体の変化を俯瞰した。後編となる本稿では、実際にデータサイエンティストを組織的に抱え、育成、活用してきた日立製作所(以下、日立)のキーパーソンに現場の声を聞く。
プロフィール
吉田順
日立製作所 AI CoE HMAX & AI推進センター 本部長 兼 Chief AI Transformation Officer
2012年、AI、ビッグデータ利活用を支援する「データ・アナリティクス・マイスター・サービス」を立ち上げ、社内外のデータサイエンティスト育成にも関わる。
2021年「Lumada Data Science Lab.」の共同リーダーに就任。2023年初め、データサイエンティストやデザイナー有志を集め、生成AIの社内ワーキンググループを発足し、同年5月にGenerative AIセンターのセンター長就任。さらに、同年12月よりデジタルシステム&サービスセクター Chief AI Transformation Officerを兼任。
和田深雪
日立製作所 人財統括本部 デジタルシステム&サービス人事総務本部 CoE責任者 兼 タレントマネジメント本部長
DSSセクター人財部門の専門部隊(CoE)の責任者として、日立の事業戦略にアラインした人財戦略の推進をミッションとしている。
AI人財の獲得と育成、ケイパビリティ強化をめざし、組織の行動変容や自律的な学習コミュニティの形成を促進。
技術や顧客ニーズの急速な変化に対応し、持続的な成長を促進する人財育成の仕組みづくりをリードしている。日立アカデミー非常勤取締役。
日立のデータサイエンティストが担う役割
――まず、日立におけるデータサイエンティストの定義や分類について教えてください。
吉田氏: 日立ではデータサイエンティストを2種類に分類しています。一つはサービス開発系のデータサイエンティストで、もう一つはお客さまに価値を提供するコンサルティング型のデータサイエンティストです。ジョブディスクリプション(職務記述書)を導入した時からこの2つで運用しており、現在も変わっていません。
筆者注: 日立は2021~2022年にかけて職種ごと、階層ごとに求められる責任や経験などをまとめたジョブディスクリプションを定義し、ジョブ型雇用への転換を進めている。
――生成AI人材とはどのように区別しているのでしょうか。
吉田氏: 現在、データサイエンティストと生成AI人材を統合すべきかどうか、まさに議論しているところです。生成AIが出てきた時に、社内で4つの人材カテゴリーを定義しました。生成AIリテラシーを身に付けた人材、システム開発の中でAIを活用する人材、RAG(検索拡張生成)やAIエージェントなどのアプリケーション開発を担う人材、そして大規模言語モデル(LLM)のチューニングができる人材(LLMエンジニア)です。
LLMエンジニアはAIのことをよく知っている人材としてデータサイエンティストが転換しやすいポジションでしたが、今ではAIエージェントやアプリケーション開発にもデータサイエンティストが入っています。
――現状では、認識AIのモデルを構築したり、実装したりする人材がデータサイエンティストと定義されているが、時勢に応じて、その人たちが生成AI関連の業務も担うようになっているということでしょうか。
吉田氏: はい、そういう状況です。
「生成AIは俺たちの仕事じゃない」――2023年の"反乱"
――データサイエンティストの方々は、生成AIの登場をどう受け止めたのでしょうか。
吉田氏: 正直に言うと、2023年に一瞬だけ"喧嘩"になったんです。「生成AI活用は俺たちの仕事じゃない。AIを"作る"のがデータサイエンティストだ」と。データサイエンティストのチームが「関係ない」と言い出したんです。
でも、実際に生成AIを学んでいくと、AIの中身を分かっている人がアプリケーションを作ったり、RAGのチューニングをしたりする方がいいケースがたくさんあると自分たちで気付きました。今では(認識AIと生成AIの)“二刀流”のような形で融合が進んでいます。
――現在、データサイエンティストの方々はどの程度、生成AI関連の業務に携わっているのですか。
吉田氏: 私の部署だけで70人ほどデータサイエンティストがいますが、時期によって波はあるものの5~7割は生成AIやAIエージェント関連の案件になっています。一方で「そろそろ統計解析がやりたい」という声も出ていました。最近はフィジカルAIの流れで画像解析やシミュレーションの案件も増えてきたので、生成AI以前のAIの領域が好きなメンバーも生き生きとしてきている印象です。
機械学習の知識が生成AIでも生きる理由
――従来のデータサイエンスと生成AI活用で、求められるスキルはどう違うのでしょうか。
吉田氏: 従来のデータサイエンティストの業務は、データをもらって、加工して、特徴量を抽出して、アルゴリズムを選んで、チューニングして精度を出す、というプロセスでした。一方、生成AIはモデルが既に存在するので、そのモデルをいかに活用してアプリケーションを作るか、あるいはRAGの検索精度をチューニングするかが中心になります。
ただ、LLMもパラメーター数が何兆とありますが、基本はディープラーニングで出来たAIモデルです。モデルの構造や原理を理解していれば、チューニングの方針を論理的に立てられる。そこはデータサイエンティストの強みです。
――つまり、原理を知っていることが実践でも有利に働くと。
吉田氏: はい。加えて、うちのメンバーはみんな最新の論文を読んでいるんです。「なぜこんなに人間と同じような回答を返せるのか」という知的好奇心で、論文を読み漁った。これまでの経験に加えて、そこで得た知見も実務にも生きています。
AIで「キーボードすら打たない」若手の登場
――生成AIの普及は、データサイエンティストの働き方をどう変えましたか。
吉田氏: 大きく変わりました。うちの若手の中には、もうキーボードすら打たない人がいます。お客さまからデータをもらって、要件を聞き出して、音声だけでデータの加工方針やアルゴリズムの選定をAIに指示し、アウトプットのスライドまで音声だけで作ってしまう。
その結果、2年目の若手が5つの案件を同時に回しているんです。以前なら3案件でいっぱいいっぱいという感覚でしたから、生産性は大きく上がっています。
――その分、プロセスの上流と下流が重要になってくるのでしょうか。
吉田氏: そうですね。お客さまが何を望んでいるかを聞き出す要件定義と、期待値をコントロールしてアウトプットを業務に組み込んでもらうコンサル的な部分が増えています。ただ、これは経験豊富なプロだからこそ効率化できている面もあります。どういうデータの扱い方をすべきかを「死ぬほどやってきた」人だから、AIへの指示も的確にできる。初学者がいきなり同じことをできるかというと、そこは難しいですね。
筆者注: 前編でガートナーの一志氏が指摘した「データサイエンティストにはより一層ビジネス理解が求められるようになった」という傾向が、日立の現場でも顕著に表れている。技術的な中間工程をAIが担うようになったことで、人間にしかできない上流(要件定義)と下流(業務への実装・定着支援)の価値が相対的に高まっている。
人材育成のスピードは劇的に加速した
――若手の育成方法も変わっているのでしょうか。
吉田氏: かつてはデータサイエンティストを育成するのに1年かかっていました。それが2023年の時点で3カ月に短縮された例もありました。以前は分からないことがあれば本を読んだり、Webで検索したり、先輩に聞いたりしていた。今はAIと対話できるので、学びのスピードが全く違います。
ただし、最初のとっかかりは自分でやるべきだという考えは変わりません。システム開発と同じで、1から100まで全部AIに任せて人材が育つかというと、そうではない。自分で手を動かした経験がある上で、AIを使いこなす。その使い分けが器用にできる若手が増えている印象です。
――人事としての育成の仕組みはどうなっていますか。
和田氏: 日立では職種ごとに人材育成の基盤を整備しています。データサイエンティストについても認定制度を設けており、一定のスキルチェックができる仕組みがあります。ただ、人の学び方自体が変わっている中で、どのような教育を一律にやるべきかは、データサイエンティストに限らず多くの職種に当てはまる課題です。
吉田氏: うちでは1年目の後半に、3カ月程度の現場実習として、工場などで現場のDXに取り組ませます。データだけ見ていても分からないことが、現場に行くとわかる。日立には物理的に見えるものがたくさんあるので、学びが大きいんです。
ドメイン知識は「十何年やっても変わらない差別化ポイント」
――1人のデータサイエンティストが複数の業種を担当するのでしょうか。
吉田氏: 人によりますね。画像解析などの技術を幅広い業界に生かす人もいれば、製造業の自動車に特化する人、銀行に特化する人もいます。金融や官公庁、製造業、鉄道、電力など幅広い案件があるので、メンバーの特性に応じてアサインしています。
――幅広い領域の案件を手掛ける中で、ドメイン知識はどの程度重要なのでしょうか。
吉田氏: ずっと大事にしてきた要素です。例えば製造業や電車の現場で、どんな変数を作るか、どのアルゴリズムを選ぶかは、その領域の知識がないと判断しにくい。精度の差にも直結します。ドメイン知識の掛け算が差別化ポイントであることは従来から変わりません。
最近は生成AIとドメイン知識を組み合わせる動きも出ています。日立社内のナレッジと汎用(はんよう)モデルが持つ知識を掛け算して、より高度なアウトプットを出すという取り組みです。
――最近の案件で注目しているものはありますか。
吉田氏: 電力や鉄道の設備は何十年も運用するので、保守の効率化が常に求められます。その領域で生成AIを活用して、現場の作業員が効率よく問い合わせできる仕組みを作ったり、故障予兆検知の精度を高めたりしています。
故障予兆検知は2012年ごろから取り組んでいましたが、最近また盛り上がっています。保守現場の高齢化や人手不足で熟練者のナレッジ継承が課題になっていること、センサー技術が発展して取得できるデータが豊かになったこと、フィジカルAIでロボットに人の代わりをさせる動きが出てきたこと。これらが重なって、データサイエンスを総合的に役立てられる領域が広がっています。
「データサイエンティストと呼んでくれ」
――そのような時代に、データサイエンティストに求められているのはどのようなスキルでしょうか。
吉田氏: 新しいテクノロジーを組み合わせると、新しいやり方が見えてきます。センサー技術、エッジコンピューティング、クラウド、生成AIとの組み合わせ。手段が山のようにある中で、お客さまのコストを最小化しつつ最大の価値を出す方法を考える。それが今のデータサイエンティストに求められていることだと思います。
筆者注: 一般社団法人データサイエンティスト協会が定義するデータサイエンティストのスキルセットは、かつて「ビジネス力」「データエンジニアリング力」「データサイエンス力」の3つだったが、現在は「基盤力」(論理的思考力やシステム・データ・AIへの理解)と「融合力」(それぞれのスキルを総合的に発揮する力)を加えた5つに拡張されている。
――生成AIの時代になり、「AIエンジニア」のような肩書きが台頭しているようにも見えますが、データサイエンティストという肩書きは現場ではどのように使われ、受け止められているのでしょうか。
吉田氏: うちのメンバーからすると、「AIエンジニア」とか「生成AI人材」という名前は“チャラチャラ”して見えるらしいんです。「俺たちはアナリティクスをやっているんだ」と。ジョブの名前に「データサイエンティスト」とつけた方が喜ぶ人はかなりの割合いますね。「違う名前をつけないでください」と言われます。
――生成AI関連の案件も増えているけれど、多くのメンバーにとって、自分たちのスキルの土台になっているのはデータサイエンスだという自負があるんですね。
データサイエンティストの「裾野を広げたい」
――データサイエンティストの採用状況はいかがですか。
和田氏: データサイエンティストに限らず、新卒採用は全社的に過去最大規模で進めています。データサイエンティストのコースも設けていますし、職種に特化した採用チャンネル戦略も強化しています。ただ、日立は「知られすぎている」ことがネックになる面もあります。
――どういうことでしょうか。
和田氏: 若年層から見ると、日立のイメージはまだ家電メーカーなんです。入社を決める直前まで、日立がAIやデータサイエンスの最前線で仕事をしていることを知らなかったという新入社員も少なくありません。採用ブランディングの転換を今まさに進めているところです。
吉田氏: データサイエンティストの世界はまだまだ男性が圧倒的に多いんです。応募者の9割以上が男性という状況で、これを変えたいと思っています。最近では女性でも理系で、データサイエンスを学ぼうとする人が増えているようにも感じており、すごく良いことだと思います。数字が好きであれば意外と間口は広い職業なので、先入観を壊して裾野を広げていきたいですね。
インタビューを終えて
前編でガートナーの一志氏は、日本企業の多くがデータサイエンスを使いこなせていない現状を指摘した。一方、今回の日立製作所への取材で見えたのは、データサイエンティストを組織的に育て、生かし続けてきた企業の現場のリアルだった。
特に印象に残ったのは、2023年に起きたという「生成AIは俺たちの仕事じゃない」という一時的な"反乱"と、そこから自発的に融合へと向かったエピソードだ。トップダウンの号令ではなく、現場のプロフェッショナルたちが自ら学び、生成AIの世界でも自分たちのスキルが生きることを実感して動き出した。この過程こそが、組織にデータサイエンティストを抱えることの本質的な価値を示していると感じた。
「データサイエンティストと呼ばれたい」という現場の声も興味深かった。AIエンジニア、プロンプトエンジニア、生成AI人材。次々と新しい肩書きが生まれる中、「自分たちのスキルの土台はデータサイエンスだ」というアイデンティティが揺るがないのは、長年の蓄積があるからこそだろう。「最もセクシーな職業」の看板は外れたかもしれないが、むしろ今、データサイエンティストという職種は“硬派”な職種として評価される新たなフェーズに入ったのかもしれない。
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