本連載ではこれまで、AI導入が思うように進まない理由を考察してきた。企業トップの「AIを導入しよう」という一声が、なぜ現場を混乱させるのか。そして、AIシステムの本格稼働がわずか約5%にとどまる背景とは何か。
最終回となる本稿では、経済産業省の研究会にも招かれるデータサイエンティスト、原田博植氏に、AI導入を成功させるための目標設定の方法や技術選定のポイントについて話を聞いた。
企画について:情シスがトップに突きつける「とりあえずAI」への処方箋
生成AIブームの中で、「AIを導入した」という事実そのものが企業のアピール材料になっている。一方で現場には「AIで何かやれ」という抽象的なミッションが……。また、KPIが「AI導入」「AIで効率化」技術導入が目的化し、本来の課題が置き去りといった構造的な問題が発生している。これは生成AI特有の問題ではなく、RPAやクラウドシフト、DXなど、過去の技術ブームでも繰り返されてきた構図だ。本企画では、トップと現場の「目的のズレ」に焦点を当て、失敗と成功の分岐点を提示する。
それIR資料に書けますか? AI活用の目標設定
AI関連の取材や調査をしていると、「KPIの解像度が低く、『生成AIを導入する』だけになっている」「ROIの立て方が分からず、効果測定をしていない」といった声をよく耳にする。一般的な技術やツールであれば、ROIを設定せずに導入することは考えにくい。
原田氏は「目標ROIを設定することは、プロジェクト失敗を防ぐブレーキにもなります」と語る。それはなぜか。
同氏によれば、大企業の場合、本当にAIを導入すれば利幅が上がるのか、最終的にIR資料で市場に示せるかという問いかけがブレーキになるという。その結果、プロジェクトが急に止まることもあると指摘する。
中堅・中小企業においても、AIであろうと他のツールであろうと考え方は同じだ。どの効果測定方法で、どの期間で、どの程度の成果を出すのかを明確にし、財務的なゴールを設定した上で責任者を決め、プロジェクトを進めるのが最善だ。
では、具体的に目標はどのように設定すればよいのか。
原田氏によれば、基本方針はBIツールやMAツールと同じだ。企業がAI導入をアピールする際、近ごろは「生成AIツールの使用率」を円グラフで示すことが多い。例えば「1週間に10回以上使用している人が○○%」のように表現し、自社の先進性を示す。作業時間の削減率を示す場合もある。「会議後の議事録作成にかかる時間を○○時間削減」といった表現だ。
「IR資料で会社の先進性をアピールする目的なら、例えば従業員の80%がAIを活用していると示すのもあるかもしれません。その上で、『その結果、○時間業務効率化し、財務的に○円削減できました』と定量評価も示せば違和感は少ないでしょう」(原田氏)
重要なのは、投資家や銀行、株主に説明できるかどうかだ。「Googleの『Gemini』を導入しました」といった報告は通用しない。実際には、月額利用料や削減できる作業時間、追加で得られる利益を試算し、最終的にどの程度のプラス効果があるかまで考える必要がある。ツールがAIかどうかは、この点では問題にならない。
原田氏はさらに「IR資料の来期予想に載せられるか、その目標で市場から『素晴らしい』と言ってもらえるかが重要です」と語る。
ここでの課題は、目標を設定する人の具体性(解像度)が低いことだ。トップが「目標はGeminiを導入する」だけしか示せない場合、議論は具体的に進まない。情報システム部門ができるのは、「予算をこれだけ使えばAI導入自体はすぐ達成できるが、成果を測るためには、もっと具体的なゴールを設定すべきではないか」と提案し、トップの考えを具体化してもらうことだ。
課題選定の3つの観点
第1回の記事で、AI導入プロジェクトが失敗する理由の一つとして「生成AIを適用するべきではない課題に適用している」点を挙げた。
近ごろは、生成AIを使ってイラストや音楽、動画などを作る人も増えている。だが、そうした作品を見て「AIは絵を描いてないで確定申告をしてくれ」と嘆く声もよく聞かれる。だが、確定申告のようなタスクは生成AIには適していない可能性が高い。
生成AIには「ハルシネーション」と呼ばれる、誤った情報を出したり、うそをついたりする問題がある。確定申告のように正確性が求められる業務でハルシネーションが起きてはならない。AIを使うべきか判断する際に参考になる観点を、原田氏は次の3つとして挙げる。
1つ目は「100%か99.99%じゃないといけないかどうか」だ。自動運転や医療などの分野では、AIを使った結果、事故やミスが発生した場合、人間が責任を取らざるを得ない。それでも問題が完全に解決されるわけではない。
2つ目は「失敗がゼロかマイナスか」だ。AIを使って収益を上げたり、作業負担を軽減したりする業務であれば、失敗しても即座に致命的にはならない。だが、失敗がミッションクリティカルになる場合は、AIを適用しない方が安全だ。
3つ目は「人間がやることに意味があるか」だ。芸術的な作業だけでなく、謝罪や丁寧なあいさつ文など、マナーや倫理、気持ちの部分が大きい業務も同様だ。
言い換えれば、AIが関わることで「失礼になるかどうか」を考える必要がある。ただし、人間が書いた文章のチェックやアイデア出し、話題の相談といった補助的な用途であれば、AIの活用には十分な意味がある。
「とりあえずAI」への処方箋
トップが「AIで何かやれ」と言い出した場合、現場はどう対応すべきか。全3回の記事をまとめると、ポイントは以下の通りだ。
- 「AIで何かやれ」は予算獲得のチャンスである
- 情報収集を行い、知識やノウハウを蓄えておく
- 社内でコミュニケーションを取り、課題を整理しておく
- トップの要求と現場の現状をつなぐ翻訳家になる
- 「IR資料に書けるか」をキーワードに具体的な目標を設定する
- AIで解決可能な課題かどうかを見極める
情報システム部門がやるべきことは、勉強とコミュニケーション、そして翻訳であるとも言える。
この結論は、今後登場するあらゆる技術にも応用できる。これまでIoTやDXで同様の流れがあったように、AIの次に新しい技術が登場しても、トップは「○○で何かやれ」と指示を出すだろう。
その際も、トップに言われる前に勉強して知識を持っていること、現場の課題を把握していること、指示を受けた瞬間に予算獲得のチャンスだと考えられること、IR資料に書ける目標を設定できること。これらは変わらず重要だ。
インタビューイー:原田博植(グラフ 代表取締役)
シンクタンク、外資ITベンチャー、リクルートにて、データベースの収益化に貢献。データサイエンス組織の立ち上げを企画から組成まで完遂し、リクルート初のチーフデータサイエンティストに就任。多数の成長事業のデータベース改良やアルゴリズム開発施策を歴任。2014年よりデータ分析業界団体「丸の内アナリティクス」を設立し主宰し、2015年には日経BPよりデータサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。同年、データ利活用のための戦略コンサルティングとアルゴリズム開発・実装を事業とする株式会社グラフを設立。2016年より、経済産業省の「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会」の委員を務める。 著作:データサイエンティスト養成読本(技術評論社) 連載:日経ビッグデータ「統計を極める」(日経BP社)他
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