社員の9割以上がAIを業務に活用し、3人に1人が「業務量が半分以下になった」と実感する──。ゲーム開発大手のコロプラは、国内企業の中でもAI活用の浸透度が高い部類に入る。そこで気になるのは、「それが売上や利益にどう効いているのか」という問いだ。AIサービスを使うには当然コストがかかるため、コスト減か売上増への寄与がなければ利益を圧迫することにもなりかねない。
そんな問いに対する同社の回答は意外にあっさりとした、肩肘を張らないものだった。
AI推進の先頭に立つ菅井健太CIO(上席執行役員)に、AI活用の効果測定と経営指標への接続の考え方、そして3年間の推進で得た教訓について聞いた。
特集:脱「成果が出ないAI活用」
AIを導入したにもかかわらず成果が出ない理由を、いち早くAIを導入して活用を進め試行錯誤してきたパイオニア企業に聞くことで解決の糸口を探る。
「誰が、何を、どれくらい」をまず可視化する 個人契約も容認
コロプラがAI活用の効果を測る際に見ているのは、まず「どのツールを誰がどれくらい使っているか」というトラッキングデータだ。「Google Workspace」や「ChatGPT」「Claude」などチームプランで導入しているサービスは管理者画面から利用状況を把握でき、社内ツールを経由してアクセスするものもログが残る。
一方で、個人契約のAIサービスもある程度容認している。その場合は経費精算の情報から「この人はClaudeのMAXプランを契約している」といった形でトラッキングする。菅井氏は「集められるものは一旦全部集めて、それでどれくらい利用しているかを見ています」と話す。
加えて、定期的なアンケートやヒアリングで定性的な効果も吸い上げている。「何の業務で、どれくらい工数が減りましたか」という問いに対し、「10分の1になった」「チームが縮小しても回るようになった」といった声が数値ベースで蓄積されている状況だ。こうしたデータの吸い上げにはAI自体も使い始めており、各チャンネルに散在する活用事例のログからレポートを自動生成するといった取り組みも進んでいる。
「活用率100%」を目指すのは売上の“先”を見据えて
コロプラは「AI活用率100%」を目標に掲げている。その理由は、一般的な企業が想像するものとは少し異なる。菅井氏は「前提が整っていかないと次の時代にいけない」と語る。つまり全員がAIを使える状態を“当たり前”にしておくことで、AIエージェント時代の業務変革に備えるための土台づくりだという位置づけだ。
では、その土台にかかるコストを経営層はどう見ているのか。ここに、コロプラのAI推進が他社と一線を画するポイントがある。
「勤怠ツールにトップラインの売上効果は見込まないでしょう。AIも同じで、やるべきことだよねという位置づけ」だと菅井氏は言い切る。AIツールへの投資を「特別なコスト」として扱い、そこにROIを厳密に求めるのではなく、基盤的なインフラとして予算を確保しているのだ。
この考え方が成立するには前提がある。コロプラの場合、いくつかの条件が整っていた。第一に、元々Google Workspaceを全社導入していたため、GeminiがバンドルされてもAI分の追加コストが相対的に小さかった。第二に、全社員に一律で高額なツールを配布するのではなく、先進的に使いこなす層にまず渡し、段階的に広げるアプローチを採っているため、急にコスト総額が膨れ上がることはない。1人当たりの負担は「多くても数万円程度」に収まっており、予算の枠内で運用できている。第三に、新しいツールが次々と登場することを織り込んだ予算設計をしている。「追加が来るだろうなという予算の取り方をしていて、そこも認めていただいている」と菅井氏は話す。
経営会議で"見せ続ける"ことの効果
コロプラでは、経営会議の場でAI活用の状況を定期的に共有している。新しいツールの紹介、社内の活用事例、ゲームタイトルへのAI組み込み──これらを経営陣に継続的にインプットし続けることで、AI投資に対する理解と合意を形成してきた。
CXOレベルのAI活用も極めて活発だ。菅井氏によると、宮本貴志CEO自身がClaude Coworkを使って「こんなことができた」と紹介するような場面もあったという。ゲーム開発部門の役員はNotebookLMに企画のネタを入れてブラッシュアップに活用するなど、経営層が「使う側」に回っていることが推進の追い風になっている。
社内表彰制度「コロプラアワード」でもAI活用による効果が評価対象になっている。アイデア出しの工数が数日から数分に短縮された事例や、チェック工程の大幅な効率化など、現場から上がってくる具体的な改善がここで可視化される。こうした細かな成功事例の積み重ねが、予算確保の根拠にもなっているわけだ。
「元が取れたか」より「上限まで使っているか」
興味深いのは、コロプラが「コストに見合う成果が出たか」よりも「契約しているプランの上限まで使い切っているか」を重視している点だ。
菅井氏はこう語る。「レートリミットを上限まで使ってほしい。使えるもの全部使ってほしい。それじゃなかったら下のプランでもいいよね、という見方をする」。投資対効果の計算を精緻に行うよりも、「せっかく契約しているなら上限まで使い倒せ」という実践重視のスタンスだ。利用状況をアンケートで確認し、使っていなければプランを下げ、また使いたくなったら戻す──というサイクルで無駄を省いている。
この割り切りができるのは、AIを「投資回収すべきプロジェクト」ではなく「業務の基盤」と位置づけているからだ。電気代や通信費と同じように、使うこと自体が前提。その上で個々の業務改善が積み重なれば、結果として経営数字にも反映される──という考え方である。
3年間で見えた、本来踏むべきだった“ステップ”
ただし、3年間の推進活動がすべて順調だったわけではない。菅井氏が反省点として真っ先に挙げたのは、非エンジニア層へのAI展開で「ステップを飛ばしてしまった」ことだ。
コロプラでは、ChatGPTのようなチャットベースの活用からスタートし、やがてClaude CodeやCoworkのようなエージェント型ツールに進んだ。エンジニアにとっては自然な進化だったが、バックオフィスなど非エンジニア職にとっては飛躍が大きすぎた。エージェント型ツールを使えば非エンジニアでもアプリのようなものが作れてしまうが、APIの扱い方やセキュリティの考慮、「確実でなければいけない処理」と「曖昧でもいい処理」の区別がつかないまま突き進むケースが出てきたのだ。
AIが器用に動くため本人は気づかないが、実際には脆い仕組みが出来上がっている──という状態が散見されるようになった。
本来であれば、チャットとエージェントの間にノーコードツールで「確実な処理とAIの補助を組み合わせる」感覚を身につけるステップがあるべきだったという。菅井氏は「ポジティブに言えば欲が出た。面白がって使ってくれている、いい流れではある。でもステップがあればもっと加速できた」と反省を述べる。現在はハンズオン形式での教育を進めている。
これから推進するなら「何がリスクかを定義せよ」
では、AI推進にこれから取り組む企業は何から手をつければいいのか。
「会社として何がリスクかの整理がされていないから、使えないんだと思います」(菅井氏)
個人では使っているが会社では使わない──という企業は多い。その原因は「恐怖心」だと菅井氏は分析する。情報漏洩のリスク、AIを使ったことで批判を受けるレピュテーションリスク、著作権の問題、そして漠然とした「なんか怖い」。これらが渾然一体となって、組織としてのAI活用を阻んでいる。
菅井氏の提案は、その恐怖心を一つ一つ分解して定義することだ。「ドンと使えますよってやっても、個人が使いたくないと思ったらそこで止まる。最初にリスクの定義をしてあげることで、じゃあこれは取り除けますよね、という考え方ができる」
コロプラ自身も、AI推進チームとセキュリティチームを別組織にし、推進側が「積極的に使いましょう」と言い、セキュリティ側が「そこはちょっと待って」とブレーキをかける体制を敷いている。止めるか進めるかの二項対立ではなく、「どうやったらうまく付き合えるか」を議論する枠組みだ。機密性のレベル分けも明確に設計し、データの種類ごとにどのツールで扱えるかが社員にすぐ分かる状態を作ったことで、「これを入力していいんでしたっけ?」という問い合わせが減り、利用のハードルが下がった。
業種を問わず当てはめられる3つの考え方
コロプラの事例を聞くと、「ゲーム会社だからできたのでは」という反応は当然あるだろう。社員の8割がクリエイター職で、役職層もプレイングマネジャーが多い。AIの効果を体感しやすい組織構造が、トップの理解と予算確保を後押ししている面はある。
しかし、「AI活用の成果を経営指標にどう接続するか」に悩む企業にとって、コロプラの事例が示すフレームは業種を問わず参考になる。すなわち、以下の3つの考え方だ。
1. 「成果を測る前に、まずインフラとして定着させる」。成果を急いで測ろうとするあまり、利用率が上がりきる前にROI議論が始まり、予算が削られ、結局浸透しない──という悪循環を断ち切る。
2. 「ステップを飛ばさない」。チャットからエージェントへの飛躍が大きすぎた反省は、どの企業でも起こりうる。ツールの進化に組織のリテラシーが追いつかない問題は、業種を問わず共通している。
3. 「恐怖を定義する」。漠然とした不安ではなく、具体的なリスクを言語化し、一つ一つ対処法を示す。これが組織を動かす最初の一歩になる。
コロプラの「勤怠ツールと同じ」という割り切りは、AI活用に悩む企業にとって一つの処方箋となるだろう。
著者:井上輝一
ITmedia NEWS、ITmedia AI+編集長。2016年にITmedia入社。AIやコンピューティング技術、科学関連を取材。2022年からITmedia NEWS編集長に就任。2024年3月に立ち上げたAI専門メディア「ITmedia AI+」の創刊編集長。ITmedia主催イベントで多数登壇の他、テレビや雑誌へも出演歴あり。
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