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時系列基盤モデルが気軽な予測を可能に、小売業と好相性 実用に3つの壁

日経XTECH / 2026/4/2

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要点

  • 追加学習なしで時系列予測を行える「時系列基盤モデル(TSFM)」は、データ準備が少なく“気軽に”予測できる点が最大の強みだ。
  • 従来のARIMA等や深層学習ではドメイン別データ収集や作り直しが必要だったが、TSFMは手元データが乏しい状況でもアプローチしやすくなる。
  • 小売業では新商品・新店舗の売上予測など、膨大な商品需要の一括予測に適しており、従来手が回らなかった領域にも適用が広がる。
  • 実用化には3つの壁があり、金融では「Moirai」ベースでVaR(TOPIX)予測を試した結果、適合性は既存手法より良い一方で安定性が課題として残った。
  • 専門家は精度向上が続く研究課題であること、そして予測のばらつきと安定性の改善が不可欠だとしている。

 追加学習なしに時系列予測ができるとして注目を集める「時系列基盤モデル(Time Series Foundation Model、TSFM)」。気になるのは「どこまで使い物になるのか」だ。適性と課題を追った。

 時系列基盤モデルは手元にデータがなくても、おおよその予測値が得られるという「気軽さ」が最大の強みだ。

 第1回で見たように時系列分析自体は以前から存在する。主に「自己回帰和分移動平均(AutoRegressive Integrated Moving Average、ARIMA)」などの統計モデルや、深層学習モデルを使う手法が一般的だった。

 しかし従来手法では、適用したいドメイン独自の情報を収集してモデルを構築する必要があった。精度の高いモデルをつくるには、データを数年単位で集めなければならない。さらに、モデルがうまく働かない場合はつくり直しが発生し、作業している間に状況が変わってしまうリスクもある。

 これに対し、時系列基盤モデルを使えばデータの準備はほぼ不要で、おおよその予測値が得られる。IoT(インターネット・オブ・シングズ)データ分析などを手掛けるアクロクエストテクノロジー先端技術ディヴィジョンの山本大輝シニアデータサイエンティストは「データがそろっていない場合でも、簡単にアプローチできるようになった」と評する。

 大和総研デジタルソリューション研究開発部の松井亮介チーフグレードは「特に小売業との相性が良い」と指摘する。データが存在しない新商品や新店舗の売上予測などに使えるからだ。膨大な数の商品の需要予測にも対応でき、「今まで手が回らなかったところにも(手を)回せる」(松井氏)。

金融リスク分析で実証

 ただし時系列基盤モデルについて、多くの識者は「まだ研究開発の段階」と見る。実用化に向けては、大きく3つの課題をクリアする必要がある。

 1つめは精度だ。いかに予測精度を高めるかは「世界的に課題になっている」(大和総研デジタルソリューション研究開発部の竹内祥人チーフグレード)といい、トップカンファレンスなどで現在も議論が交わされている。

 三菱UFJ信託銀行傘下のシンクタンクである三菱UFJトラスト投資工学研究所(MTEC)らは、金融市場におけるリスク管理指標の1つ「バリュー・アット・リスク(VaR)」の予測を時系列基盤モデルで試みた。金融機関は市場リスクに備え、資金を用意しておかなければならない。VaRは市場のリスクファクターの将来分布を計測し、特定の将来時点において、ある確率で生じ得る損失額の最大値を指す。

 MTECらは東証株価指数(TOPIX)を対象に、2001年から2024年までのデータから導出可能なVaRを、時系列基盤モデルによって試算。実際の損益および既存の計測手法と比較した。モデルには、米Salesforce(セールスフォース)らが開発した「Moirai」を利用した。Moiraiを選んだのは、複数の分布が合わさった「混合分布」に対応しているためだ。リスクの振れ幅も含めて予測できる。

 予測結果は「適合性」「安定性」「保守性」の3つの指標でスコアリングした。ある時点では、適合性の観点ではデルタ法、ヒストリカル(HS)法といった既存手法よりも良い結果が得られた一方で、安定性は既存手法よりも劣っていたという。

VaRの評価結果。グレーの線が実際の損益、黄色の線が時系列基盤モデル「Moirai」による予測値、黒と赤の実線は従来手法による予測値
VaRの評価結果。グレーの線が実際の損益、黄色の線が時系列基盤モデル「Moirai」による予測値、黒と赤の実線は従来手法による予測値
(出所:三菱UFJトラスト投資工学研究所)
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 MTECの田代雄介主任研究員は「予測精度に関しては想定以上の結果が得られた」とする一方で、「予測値のばらつきが大きく安定性に課題があり、実用化はまだ難しい」と話す。

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2つめの課題は説明可能性だ。予測結果について「な...

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