この記事の3つのポイント
- 中外製薬は抗体に特化した2種類のプロテインAIを独自開発した
- アステラス製薬は過去にタンパク質言語モデルに取り組み、現在は拡散モデルに注目
- プロテインAIには電機メーカーのNECやクラウド事業者のAWSも商機を見いだしている
プロテインAI(人工知能)には、スタートアップだけではなく製薬企業も積極的に取り組む。日本では、中外製薬とアステラス製薬が先進的なプロテインAIの開発に挑んでいる。中外製薬は独自の生成AIをいち早く開発、アステラス製薬は既存の言語モデルをベースに独自の改良を加えた。
抗体医薬品の開発に定評がある中外製薬は、抗体に特化した2種類のプロテインAIを独自に開発した。抗体医薬品の候補(リード抗体)の配列を生成する「MALEXA-LI(Lead Identification)」とリード抗体を最適化する「MALEXA-LO(Lead Optimization)」だ。
MALEXA-LIは中外製薬が2021年に公表した生成AI。タンパク質言語モデル(pLM)を先取りするような研究である。アーキテクチャーには、当時主流だったLSTM(長短期記憶)を採用した。
次いで、MALEXA-LOを開発した。pLMで配列データを前処理し、ガウス過程などの従来型の機械学習により、リード抗体の抗原結合性や発現性・安定性などの物性を最適化するものだ。
MALEXA-LIは第3回で取り上げたMOLCURE(モルキュア)、MALEXA-LOは第4回で取り上げたレボルカの取り組みとの共通点が見られる。前者は抗体に特化した言語モデルであり、後者は従来型の機械学習でタンパク質の特性を最適化する方法だ。目的が同じであれば、取り得る手法はおのずと似通ってくる。
これらには違いもある。アーキテクチャーとしてMALEXA-LIはLSTM、モルキュアはTransformerを採用する。またMALEXA-LOは主に既存データを使って最適化を行うのに対し、レボルカでは実験により取得したデータで最適化する。MALEXA-LOが抗体、レボルカがタンパク質全般を対象にしているのも異なる。
MALEXA-LOは実際の創薬にも適用されている。中外製薬は2024年10月、MALEXA-LOで最適化した抗体「BRY10」の第I相臨床試験を開始したと発表した。発表当時、中外製薬は「MALEXAを活用したプロジェクトが初めて臨床開発段階に入った」とアピールしていた。
臨床試験には主に第I相から第III相までの3段階があるが、中外製薬はBRY10の第I相試験の目的を「健康成人男性を対象にした安全性、忍容性(副作用をどこまで受容できるか)、薬物動態(薬物の体内での挙動)及び免疫原性(免疫反応をどれだけ引き起こすか)を評価するもの」としていた。残念ながら、中外製薬は2026年1月にBRY10の開発中止を発表した。中外製薬は中止の理由を明らかにしていないが、第I相試験で得られたデータが開発継続を支持する内容ではなかった可能性がある。
この件について中外製薬の太田淳モダリティ基盤研究部長は「臨床試験中止とMALEXA-LOは全く関係ない。技術としては十分に目的を果たしていた」とMALEXA-LOの有用性を強調する。
中外製薬は現在、独自のAI開発の経験を生かし、pLMや拡散モデルなどのプロテインAIを幅広く評価中だ。こうしたAIを抗体医薬品開発に生かせるかどうかの検討を進めている。
複数の製薬企業がAIの計算資源を共有
第2回で説明したように、タンパク質には「アミノ酸の並びを表す配列」と「折りたたみによる立体構造」という異なる面がある。アステラス製薬デジタルX R&D デジタル リード、モダリティインフォマティクスの森健一氏によると、現在のタンパク質医薬品開発の起点になることが多いのは「構造」のほうだという。「ここ数年は拡散モデルが主流になりつつある」(森氏)とする。
拡散モデルの手法である「RFdiffusion」でタンパク質の構造を推測し、そのアミノ酸配列を深層学習モデルの「ProteinMPNN」で割り出して検証するのが一般的になってきた。拡散モデルに近い生成AIの手法「Flow Matching」も、タンパク質の構造生成に使われるようになっている。アステラス製薬では現在、こうしたプロテインAIを利用した医薬品開発に注力しているという。
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