ムーアの法則の先にある、AIとドラえもんの話
「ムーアの法則はそろそろ限界ではないか」と言われるようになって久しくなりました。とは言ってもホントに?と思うほど技術の進歩を感じて取り残されている昨今です。
ムーアの法則とは、半導体の集積度が約2年ごとに倍増し、結果としてコンピューターの性能が指数関数的に向上していくという経験則です。
この数十年、私たちはほぼ無意識のうちに「計算能力は勝手に伸び続けるもの」という前提の世界に生きてきました。
AIの急速な進化も、実はこの恩恵の上に成り立っています。
AIが突然賢くなったというよりも、膨大な計算力を投入できるようになったことで、巨大なモデルを学習させられるようになった。それが現在のAIの急速な進化の要因と言ってもいいでしょう。
しかしもし、ムーアの法則が本当に限界に近づいているとしたらこれからどうなっていくのでしょう。
今日の通勤中の左手の賢者とのやり取りはこんな内容から始まりました。
そうであるとするならば、AIは「より巨大になる」方向ではなく、「より賢く配置される」方向へ進む可能性が高いと言われています。
■ 巨大なAIから、分散するAIへ
これまでのAIは巨大データセンターに存在するものでした。
クラウドにアクセスし、そこにある巨大な頭脳に答えを求める。
しかし計算力・電力・半導体供給などの制約が現れ始めると、別のベクトルへ広がりだします。それが「分散」です。
手元のスマートフォンやPC、車、家電などに小さなAIが常駐し、日常の判断や会話はローカルで処理する。そしてローカルで解決できない問題だけをクラウド側の巨大AIに問い合わせる。
実際にちょっとしたところからこれは現実に入り込んできています。
イメージとして普段は自分の頭で考え、難問だけ専門家に相談する。
人間の思考にかなり近い構造です。
未来のAIは、おそらく一つの巨大な知能に集約されるというよりは
手元にいるローカルAIと必要なときだけ助けるホストAI という階層構造になっていくと考えられています。
■ AIにも「個体差」が生まれる
こうなってくると面白い変化が起きる気がします。ローカルAIが主役になる事でAIが均一な存在ではなくなる未来です。
端末の性能や使う人の習慣、使用する環境によってAIの性格が変わっていくのです。
つまり同じAIでも、少し賢かったり、抜けていたり、会話が得意であったりといった「性格差」が生まれていく可能性があります。
AIは道具というより、長く付き合う相棒に近づいていきます。そして興味深いのは、人間側もまたAIに影響されていくということです。
問い方が変わり、考え方が変わり、判断スタイルが同期していく。
知能の単位が「人間単体」から「人間+AI」へ移っていくかもしれません。
■ 大きい脳が勝つとは限らない
ここで思い出すのが、人類史の話です。
かつてネアンデルタール人は現生人類より脳容量が大きく運動能力が高かったと考えられています。それでも最終的に広く繁栄したのは、より社会的ネットワークを発達させた人類でした。
進化が選んだのは最大性能ではなく、協調と効率の方であったという事です。AIも同じ道をたどるような気がしてきました。
巨大化競争から、協調する知能へ。
スーパーコンピューターでも、ひと頃そういうプロジェクトがありましたよね。
■ そしてドラえもんの世界へ
ここまで考えていくと、ある作品の構図に自然と重なります。
ドラえもんです。
ドラえもんは圧倒的な未来技術を持っています。
本気を出せば、のび太の問題を一瞬で解決できるはずです。
それでも物語の中心はドラえもんではなく、あくまで成長していくのび太です。
ドラえもんの場合は答えを与えるのではなく「道具」を渡します。
のび太はその道具を悪いことにも使うし遠回りもします。
でも、ドラえもんはそういう経験を奪いません。
実際のドラえもんでは、あまり成長記録のようなものは描かれませんが、のび太は道具に頼りながらも、経験を積み重ね少しずつ成長してくはずです。
これは、これからのAIの理想像にかなり近いように思えます。
AIがすべてを代行するのではなく挑戦を安全にする世界では、AIの提案を実行して失敗し、遠回りする事もあるでしょう。
未来に一人一体のAIが寄り添う時代が来るなら、それは「万能な機械を持つ世界」ではなく、「それぞれが自分のドラえもんを持つ世界」なのかもしれませんね。
見た目重視
未来予測って難しいですね
いいなと思ったら応援しよう!
この秋に地域の運動会を企画しています
頂いたチップは運動会に参加した子どもたち用の景品の費用に当てる予定です、




