皆はAIが開発者を置き換えると言う。1865年の経済学者は反対だ。何かをより効率的にすると、それを減らすことはできない――むしろ増える。私は内部からそれが起きているのを見ている。
石炭の話
1865年、イギリスの経済学者ウィリアム・スタンリー・ジーヴォンズは、石炭について予想外のことに気づいた。
蒸気機関はこの時、劇的に効率を上げた。仕事1単位あたりの石炭が減った。論理的な予測は、石炭の消費が減少することだった。
石炭の消費は爆発的に増えた。
効率の向上が偽りだったからではない。現実だった。より安価な動力のおかげで、蒸気機関を買えなかった産業が突然可能になった。半分の稼働しかしていなかった工場は全シフトに移行した。経済的に不可能だった用途が一夜にして利益を生むようになった。効率は需要を削減せず、むしろ需要を開放した。
これがジーヴォンズのパラドックスと呼ばれるものだ。そしてこれは現在、ソフトウェア開発で起きている。
要点版
見出しはAIが開発者を置き換えると言っている。効率向上が誇張されているわけではない。現実だ。私は日々、それを内側から見ている。
30ファイルにまたがるリファクタリング作業は、以前は2日がかりだった。今は1時間。開発者が1スプリントを要したコード品質の一掃は、誰にも監視されず一晩で完了する。15のサービス層を通じてイベントチェーンを追跡するバグ調査は、1回のセッションで記録され、修正が添付された状態で記される。
作業はより安くなった。劇的に安くなった。
実際に起きたこと
チームは縮小せず、バックログは増えた。
以前は2週間かかっていた機能が3日で完了するとき、反応は「よし、木曜日を休みにしよう」ではなく、「よし、次はリストの何を進める?」だ。そしてそのリストは長くなった――以前は優先順位づけするには高すぎた作業が手頃になったからだ。
誰も時間を割く余裕のなかった小さなUI改善は完了。誰もスプリントを費やすことを正当化できなかった技術的負債は清算。欲しいと思っていた監視ダッシュボードは一晩で構築。
開発者は作業量を減らしているわけではない。むしろ、より多くのことをこなしている。彼らが多くをこなすほど、ビジネスは何が可能かをより多く認識し、さらに作業が現れる。
ボトルネックが移動した
ジーヴォンズのパラドックスが捉えられない部分がある。それは作業の性質が変わったということだ。
コードを書くコストは下がった。しかし、それをレビューするコストは下がらなかった。何を作るべきかを理解することは安くならなかった。アーキテクチャの決定を下すことは安くならなかった。クライアントと向かい合い、彼らが実際に何を必要としているのかを見極めること――それは今も高価で、依然として人間的で、代替不能だ。
ボトルネックは上流へ移動した。「これを作れるか?」から「これを作るべきか?」へ。そして手から判断へ。
これは開発者の価値が減少したということではない。むしろ増加だ。経験・嗜好・理解を要する仕事の部分――それはt

