製造業の現場に眠る暗黙知をAI(人工知能)で形式知に変換して活用する取り組みが加速している。AI活用によって「従来は2年から3年を要していた開発期間が数カ月まで短縮された」(旭化成の久世和資副社長)というケースもでてきている。こうした取り組みをどう加速させるべきか。旭化成やダイキン工業のAI責任者や経済産業省の幹部などの有識者が「AIリーダーズ会議2026 Spring」で議論した。
2026年3月4日に開催したパネルディスカッションのタイトルは「製造業の暗黙知・無形資産、眠れる資産をAIでどう価値化?」。登壇したのは、旭化成取締役副社長執行役員研究開発・DX・知的財産統括の久世氏、ダイキン工業テクノロジー・イノベーションセンター技師長の比戸将平氏、経済産業省大臣官房審議官(商務情報政策局担当)の奥家敏和氏、dentsu Japan DXプレジデント兼電通総研常務執行役員の妹尾真氏の4人。モデレーターは日経BP総合研究所チーフコンサルタントの杉山俊幸主席研究員が務めた。
旭化成の「デジタルノーマル」とAIによる暗黙知の活用
最初にモデレーターの杉山氏は旭化成の久世氏に対し、AIによる暗黙知の活用について説明を求めた。
久世氏は「まさに今、無形資産の活用は重要な経営課題の1つである」と強調した。旭化成では2017年からDX(デジタルトランスフォーメーション)に着手し、2024年からは全社員参加型DX「デジタルノーマル」のフェーズに移行した。生成AIの台頭はこの流れを加速させる原動力となっており、単なる業務効率化や生産性向上にとどまらず、自社特化型のAIモデル開発による価値創造や、膨大なデータとノウハウの解析を通じた事業リスクの低減などを推進しているという。
同社はマテリアル、住宅、ヘルスケアという3つの事業を柱としている。これらの強みをさらに引き出すため、領域ごとに分散していた知的財産、技術、顧客情報、ネットワークといった無形資産を生成AIによって統合し、事業シナジーの最大化を目指す。
具体的な活用事例として久世氏はまず、マテリアル領域における取り組みを紹介した。旭化成では10年以上前から「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」に取り組んでいる。高性能かつ高品質な新素材を迅速に創出するため、製品データや実験データ、さらには特許や論文データをAIで解析して研究開発を効率化する取り組みだ。
現在は触媒、エンジニアリングプラスチック、合成ゴムなど約40の事業でMIを活用しており、従来は2年から3年を要していた新素材の開発期間が数カ月まで短縮されたケースもある。久世氏は「AI活用によって製品の競争力を強めてきた」と力を込めた。
ただしMIは全自動で新素材を開発できるわけではない。研究者や開発者が長年培ってきた経験、発想、知見とAIをいかに組み合わせるかという活用側のノウハウ自体も不可欠だ。そこで同社は約10年をかけて700人を超えるAI専任人材を育成し、マテリアル領域で蓄積したMIの運用知見を、今後はヘルスケアや住宅といった他領域へも横展開し、グループ全体の開発効率を底上げする構えだ。
「人材AI」を整備し、最適な人材を適材適所で配置
もう1つの事例は、人材活躍の推進だ。AI活用によって多様な経験・スキルを持つ社員を、領域の枠を超えた業務に従事させ、新たなスキルや知見の習得を目指す。また国内だけで約3万人の社員を抱える同社において、新規事業に最適な人材を適材適所で配置するには、人事データの戦略的活用が欠かせない。一人ひとりの業務目標や評価、職務経歴を学習させた「人材AI」を活用することで、最適なチーム編成を実現する取り組みも進んでいる。
久世氏の説明を受け、モデレーターの杉山氏はパネリストに感想を求めた。
経済産業省の奥家氏は、日本の素材産業が直面する課題を指摘した。日本の開発能力は依然として高いものの、諸外国の猛追によりその優位性が揺らぎつつある。さらにAI時代においては、「自社データのみによる開発には限界がある」との懸念も強まる。そこで一定の領域までは同業他社と情報を共有して基盤モデルの精度を高め、その上で各社が独自の付加価値を上乗せしていく協調領域の議論が必要であると述べた。
dentsu Japanの妹尾氏も、顧客から「競争領域」と「共創領域」の切り分けに関する相談が増えていると明かした。これを実現するには、共通プラットフォームの構築やデータの秘匿化といったインフラ整備が不可欠であり、官民一体となって日本の産業競争力を支える環境を整えていくべきであると強調した。
次のページ
ダイキン工業、現場の暗黙知をAIで形式知化この記事は会員登録で続きをご覧いただけます








