AIに「創造」を頼む前に「掃除」を頼もう
僕は試作(プロトタイピング)が大好きです。
「とりあえず形にして世に出す」ことから得られるフィードバックって、頭の中で何日も考え込んでるより遥かにデカい。
モヤッとしたアイデアを、とにかく手を動かして実物にして、人に見てもらう。そこで「うわ、そういう使われ方するんだ」とか「ここ、めっちゃ誤解されてる」みたいな発見があって、また次の形に反映させていく。その往復運動が楽しくて仕方ない。
でもね、僕にはひとつ悪い癖があるんです。
上手くいったものほど、放置する
プロトタイプを繰り返してある程度まで進んだ結果「とりあえず形にして世に出したら、結構上手く行っちゃった!」という、本来なら万々歳な状態。
ところが僕はそこで放置してしまう。
上手くいったんだから、誇りを持ってさらに胸を張って出せるものに磨き直すべきなんです。Webサイトの情報設計を見直したり、商品ページの動線を整えたり、初期のラインナップから増えた新商品を全体に馴染ませたり。やるべきことは山ほどある。
でもその頃にはもう、頭の中は次の新しいプロトのことでいっぱい。過去のものを磨き直す作業なんて、面倒くさくて後回しにしちゃうんです。
これ、よく考えると不思議な話ですよね。普通、上手くいったら伸ばしたくなるはずじゃないですか。なのに僕は、上手くいくほど興味を失う。
自分の中にある、無意識の「線引き」
なんでだろ、と自分に問うてみると、どうやら僕の中には
「作ることが自分の仕事で、磨き直しは別の誰かの仕事」
という無意識の線引きがあるみたいなんです。0から1を作るのはテンション上がるけど、1を10に育てるのは「それはそれが得意な人がやれば良いのでは?」と体が勝手に思ってる。
たぶん、同じ癖を持つクリエイター、けっこう多いんじゃないでしょうか。作るのは好きだけど、運用は苦手。発明するのは楽しいけど、改善は退屈。
でもね。そう気づいた瞬間、僕は自分で自分にツッコミを入れる羽目になるんです。
というのも、僕が友安製作所さんと一緒に立ち上げたブランドに BRUSHUP というのがあるんです。ホウキとチリトリのシリーズ。

このブランドのメッセージ、こう書いてます。
アイデアを生むには余白が必要だ。 そして膨大な失敗やゴミも必要だ。 書いて描いて作って使ってそれらを捨ててまた作る。 その繰り返しからアイデアは生まれるのだから さあ、掃除しよう。新しい世界を創造するために。
……ちょっと待て、と。
「掃除こそが創造のための前向きな行為だ」って、他人には高らかに掲げてきたくせに、自分の仕事に対しては「整理整頓、めんどくさ」と放置してきたんかい、と。
自分の言葉に自分で刺される、というのはこういう瞬間のことをいうんですね。
「AIと創造性」って議論、ちょっと的外れかも
ここからが、今日いちばん言いたいことです。
最近、AIの話題といえばだいたい「AIと創造性」。AIに創造を奪われるのか、拡張されるのか。AIが作ったものに価値はあるのか。人間の独自性はどこに残るのか。
そういう議論、山ほどあります。僕も読むし、なるほどと思うこともある。
でもね。ここ最近の自分のリアルな体験からすると、その議論、土俵そのものがズレてるかもと思い始めてます。
というのも、僕がAIに一番ありがたく感じてる仕事、それは「創造」じゃないんです。
「運用」と「改善」、なんです。
過去の仕事が、生き返っていく
具体的な話をしますね。
フライパンジュウという、大阪の藤田金属さんと一緒に作った鉄フライパンがあります。初期は皿型フライパン1つだけだったのが、深型、四角、スープ、さらには照明のICHIや植木鉢のHACHIまでラインナップが広がっていった。
僕、このWebサイト、何年も放置してたんです。
いや、新しい商品が出るたびに、とってつけたように情報を足してはいたんです。でもその結果、サイト全体は継ぎ接ぎだらけ。初めて来た人にブランドの全体像が伝わらない。でも「全面的に作り直す」なんて大仕事、今さらやる気力は湧かない。
それがね、Claude Codeと一緒に整理し始めたら、スルスルと気持ちよく進むんですよ。ここの情報設計こう変えよう、このページとこのページは統合しよう、レシピページはライブラリ化して増やせる器にしよう。気づいたら、昔の自分が放置してきたサイトが、ちゃんと整理された。

CHOPLATE(まな板になるお皿)のサイトも同じ。初期は174mmのブラック1個だけの単品ページだったのが、サイズ展開とカラバリとBOWLとナイフと、どんどん賑やかになって、ページはごちゃついていた。これもしっかり整理されて全体像が掴みやすくなりました。

こういう作業ね、昔の僕だったら、絶対にやってなかった。新しいプロト作りの方が楽しすぎるから。
でも今は、AIに「改善点を見つけて、こう直して」と言えば、一緒に手を動かしてくれる。僕は監督と最終判断だけやってれば、過去の仕事が次々に手入れされていく。
これ、創造より遥かにありがたい。
掃除を渡してこそ、創造に向かえる
ここまで書いて、やっと自分の中で繋がりました。
BRUSHUPで僕が世に掲げてきた「掃除しよう、新しい世界を創造するために」という言葉。あれは箒と塵取りのキャッチコピーであると同時に、クリエイターのワークフローそのものへの指針だったんです。
掃除しないと、新しいものは作れない。
手元が散らかったままじゃ、次の素材は見えてこない。過去に作ったものがプロトのまま放置されてると、そこに意識の一部が引っかかり続けて、次のアイデアの燃料も不完全燃焼のまま滞る。
だから僕は、AIと創造性の議論をしてる人たちに、ちょっと違う角度から声をかけたい。
AIに「創造」を頼む前に、「掃除」を頼もうよ。
AIに新しいアイデアを出させるとか、AIに絵を描かせるとか、そういう話ばっかりしてると、議論は「奪われるか/拡張されるか」の二択に固まる。でも実際に使ってみて一番効いたのは、自分の過去の仕事の整理整頓だった。
そしてそれこそが、次の創造への一番の近道だった。
掃除が進んで、放置してきたものが誇れる形になっていくと、頭の中に本当に余白が生まれる。その余白にやっと、次の新しいプロトが気持ちよく降りてくる。
さあ、掃除しよう
BRUSHUPのメッセージ、改めてもう一度。
書いて描いて作って使ってそれらを捨ててまた作る。 その繰り返しからアイデアは生まれるのだから さあ、掃除しよう。新しい世界を創造するために。

これ、プロダクトのコピーであると同時に、AI時代のクリエイターへの言葉にもなるなあと、自分で書いた文章を、今あらためて読み返してます。
上手くいったものを放置している自覚のあるクリエイターのみなさん、まずは一緒に掃除しませんか。
創造の話はそれから、でいいんじゃない?
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