歯磨き市場で10年連続1位 シュミテクトが貫く「市場創造」の作法

ITmedia AI+ / 2026/4/22

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要点

  • シュミテクト(Haleon)が歯磨き市場で10年連続の売上1位を更新し続けている背景として、「成熟市場でも未開拓の余地がある」という視点で治療ギャップや細分ニーズを掘り起こした点が挙げられている。
  • 高齢化(8020運動の浸透で自分の歯を残す人が増えたこと)を成長機会に転換し、知覚過敏や歯ぐきケアなど“ケアが必要だが届いていない状態”を市場として可視化した。
  • さらに若年層のホワイトニング関心の高まりに着目し、痛み(知覚過敏)で継続を断念する実態を踏まえて「ホワイトニングを快適に続ける予防ケア」という新習慣を提案して市場拡大を狙う。
  • 独自AIを活用した開発プロセスの短縮を含む「データ経営」とローカライズの徹底を融合させ、意思決定の速度と精度を高めている点が示されている。

 日本のオーラルケア市場において、歯磨き関連で売上高1位を10年連続で更新し続けているブランドがある(※1)。英コンシューマーヘルスケアメーカーのHaleon(ヘイリオン)が展開する歯磨き粉「シュミテクト」だ。「歯がシミる症状」(知覚過敏)に対応した商品として知られている。

 一見すると成熟しきった日本の歯磨き市場において、なぜ独走を続けられるのか。その裏には、社会構造の変化から潜在ニーズを掘り起こす「市場創造」の視点と、独自AIを駆使して開発プロセスを短縮したデータ経営の融合があった。

 オーラルヘルスケア製品のビジネス責任者を務めるジャヤント・シン氏に、日本市場を勝ち抜くローカライズの徹底と、AI時代の意思決定の在り方を聞いた。

ヘイリオンのグローバル・オーラルヘルスケア ビジネスの責任者であるJayant Singh(ジャヤント・シン)氏(以下撮影:アイティメディア)

(※1)出典:インテージSRI+ハミガキ市場累計ブランド別販売金額シェア 2017年4月-2025年3月(4~3月を1年間とする)

成熟市場の“見えない壁”を突破 高齢化を「最大の成長機会」に

 「この市場は、すでに成熟しているように見えて、実はまだ広がる余地があります」

 シン氏は、日本のオーラルヘルスケア市場をこう分析する。英調査会社ユーロモニターによれば、オーラルヘルスケアは世界で最大約300億ポンド(約6.4兆円)規模の経済効果が見込まれる成長産業だ。

 日本で成長できた要点は、高齢化という社会課題を、販売する「機会」へ転換したことにある。80歳で20本以上の歯を残す「8020運動」の浸透により、高齢になっても自身の歯を保つ人の割合は過半数に達した。一方で、自身の歯が残ることは、同時に知覚過敏や歯周病といったリスクと向き合う期間が長くなることも意味する。

80歳で20本以上の歯を残す「8020運動」は浸透してきた(出典:厚生労働省「歯科疾患実態調査」)

 ヘイリオンは、症状がありながら適切なケアに至っていない「治療ギャップ」に注目した。単に既存のパイを奪い合うのではなく、高齢化に伴う「歯ぐきケア」や、若年層の「美容」(ホワイトニング)といった細分化するニーズをいち早く可視化。消費者のライフステージに合わせた提案によって、未開拓のニーズを掘り起こし、市場そのものを拡大させてきたのだ。

 特に、次の成長エンジンに見据えているのが、この「若年層のホワイトニング市場」である。同社が4月8日に発表した「歯のホワイトニングと知覚過敏に関する実態調査」では、20~40代の多くが「歯の白さ」を重視する一方、約3人に1人が知覚過敏による痛みによって、施術の継続を断念している実態が判明した。ビジネスシーンや対人関係におけるセルフケアとして、ホワイトニングへの関心が急増しているのだ。

 同社はここに「市場創造」の機会を見いだしている状況だ。「ホワイトニングを快適に続けるための予防ケア」という新習慣を、グローバル全体で提案。若年層のニーズを掘り起こし、市場のさらなる拡大を図っている。

Haleonジャパン「歯のホワイトニングと知覚過敏に関する実態調査」より

Sensodyneではなく「シュミテクト」に 誕生を支えたのは現場主義

 10年連続1位という実績の裏には、グローバルブランドの看板に固執しない、徹底した「消費者理解」がある。その最たる例が、ブランド名だ。

 世界展開するブランド名である「Sensodyne」(センソダイン)を、日本ではあえて「シュミテクト」の名で展開している。 シン氏は「『しみる』という感覚が、日本の消費者に直感的に伝わることを最優先しました」と話す。

 パッケージの質感、フレーバーの設計、広告表現に至るまで、日本の生活者の琴線に触れるよう微細な調整を繰り返したという。

 このローカライズを支えたのは、泥臭いフィールドワークだ。シン氏は「実際に家庭を訪問して話を聞くこともありますし、店舗で棚を観察することもあります」と説明する。現場での一次情報の収集を重視しているという。

 定性的な生活者のインサイト(洞察)と、AIを活用してSNSなどの市場トレンドを把握する「ソーシャルリスニング」による定量的な声を、多面的に掛け合わせる。グローバルの知見を、日本の「生活者のリアル」というフィルターに通すことで、独自の競争優位性を築き上げた。

世界展開するブランド名である「Sensodyne」(センソダイン)を、日本ではあえて「シュミテクト」の名で展開している(プレスリリースより)

数週間の検討プロセスを短縮 独自AIがもたらす「データ経営」

 膨大な情報を意思決定につなげる役割を担うのが、ヘイリオンが独自に開発したAIエンジンだ。

 社内に蓄積された臨床試験データや消費者プロファイルなどのナレッジを活用したこのツールは、従来であれば数週間を要していた初期の製品コンセプト検討にかかる時間を、大幅に短縮した。さらに翻訳機能の導入により、グローバル展開における各市場への適応スピードも飛躍的に向上させている。

 特筆すべきは、AIを活用する上での考え方だ。シン氏は、AIに全てを委ねる危うさをこう指摘する。

 「AIは過去データの分析には優れていますが、未来を完全に予測することはできません。最終的な判断を下すのは、常に人間です」

 AIは意思決定を支援する強力な「相棒」になる一方、戦略の方向性や創造性といった本質的な部分は、人間が担うべきだという考えだ。テクノロジーによる効率化と、人間による洞察。この「役割の切り分け」こそが、不確実な市場における持続的な価値創出の源泉となっているのだ。

10年連続トップが示す、成熟市場での戦い方

 シュミテクトの10年間にわたる成功の理由は、単なる製品の勝利にあるのではない。潜在ニーズを顕在化させる市場創造型のアプローチ、特異な市場を研究し適応させるローカライズの徹底、AIのスピードと人間の直感を高度に融合させた意思決定モデルに強みがある。

 これからの企業競争は、優れた製品を持つこと以上に「どのように市場を創り、育てていくか」という実行力の差で分岐していく。ヘイリオンが示す戦略は、成熟市場に悩む業界のリーダーにとって指針となるはずだ。

シン氏は「AIは過去データの分析には優れていますが、未来を完全に予測することはできません」と話す

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