ビッグプロジェクトの裏には必ず、数々の困難を突破してきた関係者たちの情熱が存在します。彼ら彼女らはいかに困難を乗り越えたのか。知られざる物語にスポットを当てる新コラム「不撓不屈」。毎週木曜日公開です。
2020年10月、再出発した製鉄所システムリフレッシュプロジェクト。全国6カ所にある製鉄所・製造所が、拠点ごとに順を追って新たなシステムへの移行を進めていくこととなった。システム移行のプロジェクトではあるが、システムだけが新しくなればよいわけではない。システムの移行後に製鉄所の業務を立ち上げるまでがゴールだ。そのためには各製鉄所の業務をよく知り、システムのユーザーでもある現場職員の協力が不可欠だが、当初その理解はなかなか得られなかった。(敬称略)
「プロジェクトの行く末を占うことになるのか――」
仙台製造所のシステムリフレッシュプロジェクトを2年以内に終えること。2021年1月、突然のミッションを前に、同製造所でプロジェクトマネジャーを務める山下陽俊(現製鉄所業務プロセス改革班(京浜駐在)次長)の肩に大きなプレッシャーがのしかかった。
山下は仙台への異動前、東日本製鉄所(千葉地区)の製鉄所業務プロセス改革班に所属。製鉄所業務プロセス改革班長の西圭一郎、および同プロジェクト推進グループリーダーの柏孝幸が旧・製鉄所システムリフレッシュプロジェクトの中断を決断する材料の1つとなった、プログラム資産の整理や業務フローの洗い出しを担った一員だ。
その経験から、既存業務を整理し、業務フローを書き起こす手順などについては一定の知見を持っていたが、仙台で求められているのはそれだけではない。全国の拠点の中では小規模といわれるものの、約1100万ステップという製造所の操業を支えている大きなシステムを新しい環境へと移すプロジェクトに、そもそも何が必要なのか。そのためにはどのような体制が必要なのか。何なら基幹システムとはどのようなものなのか。先頭バッターとして何もわからない状態からのスタートだった。
第1回 「システムごときに縛られたくない」、JFEスチールが全製鉄所の基幹系刷新 第2回 「このままでは14年かかる」、計画を止めた苦渋の決断 社長説得し再出発へ 第3回 仙台に響いた一本締め 物置から広がった雪解け、倉敷は組織づくりに苦悩 第4回 JFEスチール 福山地区のリベンジ、「破れた夢を取り返す」(2026.03.26公開予定)「なぜ自分がここに…」
「わかった。仙台で実験をやるんだな」
仙台製造所が他拠点に先駆けてシステムリフレッシュプロジェクトに挑むことになった。その完遂には業務を知る人員のプロジェクト参画をはじめとした、製造所の協力が不可欠だ。そう説明する山下に、同製造所の須田守所長(現JFEスチール副社長)はこう応えた。
製造の現場にいると普段は特段存在を意識することもないシステムを、新しい環境へと移す。やり方も、やれるのかも見通せない状況で、現場職員の業務へも影響が出る作業を始めるのだ。目の前の製造を第一に考える立場であれば、必ずしも両手を上げて歓迎はできないプロジェクト。トップである所長が先陣を担う覚悟を共にしてくれたことは、山下の大きな支えになった。
雪が降る1月の仙台。仙台製造所のシステムリフレッシュプロジェクトは物置のような小さな部屋から始まった。最初の仕事は、製造所の職員へプロジェクトの意義を理解してもらうこと、そして業務を知る人員を集めることだった。
トップの須田の理解は得ているものの、前例もなく通常の業務とはかけ離れたシステムに関する仕事へ人を引っ張るのは簡単ではない。各部署を回り、管理職への説明や兼務での人員調整などを含めた説得を繰り返した。集まった、いや、集められたメンバーの中には「なぜ自分がここに…」と本意ではない配置に不満を漏らす人もいた。
それでも前に進まなければならない。プロジェクトの根幹となる既存業務の整理とフローの洗い出しに着手する。業務の明確化は、同時にシステムの無駄を省くことにつながった。というのも、仙台製造所の基幹システムは会社の合併などにより業務の増減を繰り返しながら約40年間使われてきたもので、現在の業務に照らすと不要な機能も多かったからだ。
「この帳票、出力した後一度でも見ていますか」。とにかく業務が回ることを優先し、今の現場をよく知るメンバーが整理した業務フローに登場しない機能や帳票は、新しいシステムへ持っていかないと決断。移行対象とするプログラム資産を徹底的に絞り込んでいった。
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