最近、ウェンデル・ウォーラックと座談する機会がありました。彼はChatGPT以前、あの熱狂が始まる前、そして大半のテック業界の人々がまだ注意を向けていない時代から、AI倫理の分野で取り組んできました。彼は『Moral Machines(モラル・マシン)』を書き、スチュアート・ラッセル、ヤン・ルカン、ダニエル・カーネマンとともに仕事をしてきました。彼はただのコメンテーターではありません。これらの問いに何十年も向き合ってきた人なのです。
私が会話の中で特に印象的だったのは、AGI(汎用人工知能)に関する彼の主張でした。不可能だとか必然だと言っているのではなく、それがまったく違う目標になっている、という点です。あるシステムが非常に高い知能を持っていても、道徳的な推論がゼロであることはあり得ます。私たちは「それが何を決められるのか」という問いをせずに、能力だけを積み上げているのです。
説明責任に関するセクションは、正直に言うと私を相当不安にさせました。AIが危害を引き起こしたとき、一体誰が実際に責任を負うのでしょうか。彼は、答えがほぼいつも「誰もいない」ことになる理由を、反論しにくい形で整理しています。
極端な議論にうんざりしているなら、ぜひ観る価値があります。
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