「ナイスボール!」問題:AIが返してくるのは自分の思考の質だった
「AIは新規性がない」と書いた1年前の自分へ
1年前、僕はこう書いた。
「AIに書かせた文章をそのままnoteにするのは避けてほしい」
2025年1月の記事だ。今でもじわじわ売れていて、売れるたびに少し困る。昔の拙い文章が人の目に触れ続けているわけだが、それも含めて僕の文章だから、書き直さずに残している。ちょっと赤面物だが。
その記事で「AIには新規性がなく、読後に何も残らない」と書いた。同時に「今後はわからない」とも書いた。 2026年の今、その記事を検証してみたい。
当たっていたこと
AI丸投げ記事は増えた。 予想以上に増えた。
見分けはすぐつく。語尾が均一で、段落の密度が揃っていて、どこかで読んだような構成になっている。整っているのに、誰かの痕跡がない。
読後に残らない、という予測は当たっていた。一次情報のない文章は、読み終えてもどこにも着地しない。体験と違和感を持った人間が書いた文章の価値は、相対的に上がっている。
外れていたこと
「AIに新規性はない」という断言は、今考えると浅かった。
僕自身、今はAIを思考の壁打ち相手として普通に使っている。アイデアの整理、反論の先出し、記事構成の検討。そういった使い方が中心になった。思っていなかった切り口が返ってくることもある。それを新規性と呼ぶかどうかは微妙だが、「集合知識を整理するだけ」という評価は外れていた。
文章生成ツールとしてのAIは1年前から変わっていない。 ただ、使い方が変わった。
ナイスボール問題
壁打ちとして使ってみてわかったことがある。
AIは、甘い球にも「ナイスボール!」と返してくる。
「なんとなくいい記事を書きたい」「最近気になっていること」程度の入力をすると、それっぽい5段落構成が返ってくる。読めるが、何も深まっていない。明確な主張を持って投げると、それに応じた深さで返ってくる。差は歴然だ。
実際、この記事の構成はAIと壁打ちして作った。1年前の記事を検証するという主軸は自分の中にあって、そこから構成を一緒に練った。出てきた骨格に自分の体験と言葉を乗せている。
つまり、AIの出力の質は、入力した人間の思考の質をほぼそのまま反映する。
丸投げが空虚なのはAIのせいではない。 空虚な思考を投げているからだ。
問題はどこにあるか
AIが文章を書くのが問題なのではない。 思考が外側に出てしまっていることが問題だ。
スマホに記憶を委ねると記憶力が落ちるという話と構造が似ている。道具に思考を預けた瞬間、その部分の思考は止まる。AIを補助に使っている限り、思考は自分の中にある。AIに委ねた瞬間、残るのはそれっぽい文章だけになる。
1年前の記事で感じていた違和感は、たぶんそこだった。 文章の問題ではなく、思考が不在だという問題。
2026年の結論
では今後、AIがさらに進化したらこの結論は変わるか。 たぶん変わらない。AIが何をどれだけ処理できるようになっても、何を投げるかを決めるのは人間だからだ。
思考がどこにあるかという問題は、何も変わっていない。
良い壁には、良い球が必要だ。
AIは壁にはなれる。
だが、球は投げてくれない。
何を投げるかは、最初からずっと人間の仕事だった。
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