Suno v5.5で気づいた「AIとの付き合い方」の違和感
2026年1月からSunoで音楽を楽しみ始めました。朝、ゴロゴロしてて、ふと「やってみようかな」と思ったのです。インストールして歌詞を書いて生成したらそれなりの曲ができて感動しました。
ずっと無課金で曲を作ってきたのですが、この度、課金してみました。春のキャンペーンだったし。「お得」と聞けばパブロフの犬のように食らいついてしまうのです。
課金で得られるメリットは最新のモデルで楽曲を生成してくれるところですよね。無課金だった私にとって5や5.5は、マッチ売りの少女が火を灯して映す別世界の憧憬でした。4.5-allでも素敵なのに5.5はさらにすごいのではなかろうか。巷でも素晴らしいという評価ですし、実際noteのクリエイターさんたちの楽曲を拝聴させてもらっていますが、いい曲ばかりです。
ぽちっ。ちゃりーん。
……で?
5.5を制御するの難しくないですか?😅
4.5のノリでは作れないですよね?
4.5で作って5.5でリマスターするってこともあり?
でも、いずれは4.5もレガシーとなって消えていくとしたら5.5にも慣れておかないと……
なんかこの「どちらのモデルにも人間が合わせる」AIファーストの構図、世界最高水準AIのChatG〇Tの騒動を思い出すなあ。(〇の中はPじゃありません。放送禁止の「ピーッ」です)
Suno、おまえもかッ?!
なーんて。
AIのモデルに対する心構え「バージョンアップは前のモデルと一緒だと思うなよ!思想も構造も違うんだぞ」ということでしょうね。ファーッ😩
たとえばExcelなんかずっと使われてますけど、バージョンアップで便利さは増しても「突然セルがなくなる」などガラッと仕様が変わるということはないですよね。そう考えると、AIを使うということは常に今までにない考え方で接するべきなのでしょう。
AIは我々を便利にしているのか、それとも我々の思考を振り回し続けるのか、とても興味深いと思います。
ということで、もうしばらくはSunoで曲を作って遊びます。





