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ゲーム市場は今、ある矛盾を抱えている。プレイヤーがゲームに費やす金額は過去最高水準に達している一方で、ゲーム開発会社の収益性は年を追うごとに悪化している。開発コストは膨らみ続け、新しいタイトルを出しても既存の人気作にプレイ時間を奪われる。この構造的な閉塞感を打開する手段として、ゲーム業界はいま生成AIに大きな期待を寄せている。
だが、AIをゲームにどう組み込むかという問いに対する答えは、まだ定まっていない。敵キャラクターの行動制御に使うのか、コンテンツ生成の効率化に使うのか。それとも、プレイヤーとの関係そのものを変えるために使うのか。2026年3月18日、スクウェア・エニックスとGoogle Cloudが共同で開いた記者説明会は、その問いに対する一つの具体的な答えを示す場となった。
膨らむ市場、縮む利益
ゲーム業界の現状は、数字で見ると2つの異なる顔を持つ。2025年の世界のゲーム市場における消費者支出は1960億ドルに達し、業界史上最高額を更新した。ところが同じ期間、スタジオの営業利益は2021年以降、年平均7%のペースで減少を続けており、現在の利益率はコロナ禍前の水準すら下回っている。
この矛盾の背景には、市場の構造的な歪みがある。市場成長の67%が、「Roblox」という単一のプラットフォームに集中している。プレイヤーがゲームに費やす時間の57%は、リリースから6年以上が経過したタイトルに向けられており、新作が既存作品のプレイ時間を奪うことは容易ではない。加えて、ゲームの開発コストは2017年以降で90%増加しており、昨年だけでもコンテンツへの投資額は業界全体で400億ドルに上る。
Google Cloudでゲームインダストリーのグローバルディレクターを務めるジャック・ビューザー氏(ゲーム インダストリー グローバル ディレクター)は、この状況を端的に表現した。
「ゲームスタジオは、利用可能なプレイ時間の半分にも満たないシェアを取り合って、ほぼ2倍のコストを投じて競い合っています。これは完全に機能不全のモデルです」
では、ゲームスタジオはこの構造をどう乗り越えるのか。ビューザー氏が提示したのが、「Living Games」(リビングゲーム)というコンセプトだ。ライブサービスと生成AIを融合させることで、プレイヤーごとに異なる体験を生み出し、ゲームそのものの価値を高めていくという考え方だ。
「倒す敵」から「共に歩く友」へ
数十年にわたり、ゲームにおけるAIは「打ち負かすもの」だった。プレイヤーはAIが制御する敵を倒し、AIが設計した謎を解くことでゲームを進めてきた。その歴史的な役割が、いま根本から変わりつつあるとビューザー氏は言う。
「ゲームはリアルなLiving Gamesへと変貌を遂げており、そこではAIは障壁ではなく架け橋です。AIはツールではなく、プレイヤーのデジタルアドベンチャーにおける真のゲーム内バディ(相棒)となります」
こうした方向性はGoogle Cloudだけが描いていたわけではない。スクウェア・エニックスでも、ゲームにAIを導入するとすればどのような形が適切かという議論が続いていた。その際、同社のゲーム開発に長年関わってきたドラゴンクエストシリーズの生みの親、堀井雄二氏との対話が、一つの指針になったという。スクウェア・エニックスで『ドラゴンクエストX オンライン』のショーランナー(開発・運営責任者)を務める安西崇氏はこう語る。
「堀井さんは、『村人やNPCなど、ゲームの中のキャストにAIを入れるのは違うと思う』『一緒に遊んでくれる友達であるとか、一緒に戦ってくれる仲間という形でAIが入ってくれるといいな』とおっしゃっていました」
安西氏はこの考えを受け、「困ったときに教えてくれる存在」としてのAIという方向性を具体化していった。
「おしゃべりスラミィ」が目指すもの
記者説明会で発表されたのが、対話型AIバディ「おしゃべりスラミィ」だ。「ドラゴンクエストX オンライン」(以下、ドラクエ10)のゲーム内チャットシステムを通じて、プレイヤーがスラミィと自由に会話できる機能だ。現在クローズドベータテストの参加者を募集中だ(募集期間は3月30日11時59分まで)。
スラミィはドラゴンクエストシリーズおなじみのモンスター「スライム」をベースにしたキャラクターで、ゲームの世界観に沿ったボイスつきで応答する。会話はプレイヤーとスラミィの間だけで共有され、他のプレイヤーからは見えない。
通常の生成AIサービスとの大きな違いは、スラミィ側からプレイヤーに話しかけてくる点だ。ボスを倒したタイミング、装備を変えたとき、スラミィの外見が変化したときなど、ゲーム内の状況に応じてスラミィが自発的に声をかけてくる。安西氏はこの双方向性にこだわった理由をこう説明する。
「友達とは双方向の会話があってしかるべきと考え、そこにも力を入れています。ネタバレをしない範囲で、攻略サイトを見なくてもちょうどよい回答をしてくれる友達がいたらどれほど嬉しいか、という発想で開発しています」
AIに話しかける心理的なハードルを下げる工夫も施されている。「こんにちは」「おはなしして」「何しよう?」といったあらかじめ用意されたチャットスタンプを使えば、何を話しかけるべきか迷わずに会話を始められる。
Google Cloudを選んだ理由
「おしゃべりスラミィ」の実現には技術面での課題も多かった。スクウェア・エニックスの荒牧岳志氏(AI&エンジン開発ディビジョン ジェネラル・マネージャー)は、Google Cloudを採用した理由を3つの観点から整理する。
第1は、Geminiの音声対話機能「Gemini Live」のレスポンス速度だ。AIバディとの会話が自然なやり取りとして成立するためには、応答の遅延が極力ない状態が求められる。Gemini Liveはその条件を満たす高速なチャット機能を提供しているという。
第2は、カスタマイズ性の高さだ。スラミィはドラゴンクエストの世界観の中で生きているキャラクターであり、ゲームと無関係な質問には答えないよう設計する必要があった。
第3は、マルチモーダル機能だ。スラミィはプレイヤーが何を装備しているか、どんな行動をしているかをリアルタイムで認識した上で応答できる。プレイヤーの装備を見て、「とてもお洒落デスら」と褒めるような発言も、この機能があって初めて成立する。
これらの機能を支えるのが、「Vertex AI」に構築されたGemini Liveの技術基盤だ。音声と映像、テキストの3つのデータを同時に処理することで、プレイヤーの発話内容とゲーム画面の状況を並行して認識し、リアルタイムで応答を返す構成になっている。月間数十万人規模のプレイヤーが同時にアクセスするドラクエ10において、一人一人に対して個別の会話体験を提供するためには、この拡張性が前提条件となる。
また、AIバディとして継続的にプレイヤーと関わる以上、不適切な応答や事実と異なる発言をいかに抑制するかも課題となる。ビューザ氏はこの点について、ハルシネーションを大幅に軽減するためのガードレールを実装していると述べた。世界観への適合を担保するスクウェア・エニックス側のプロンプト設計と、Google Cloud側のガードレールとが組み合わさることで、スラミィはゲームの「友達」として一貫した振る舞いを保てる設計になっている。
これらの技術的な条件に加えて、荒牧氏が重視したのはパートナーとしての対応速度だ。プロジェクトの初期段階でモックアップを迅速に提供してもらえたことが、開発の方向性を固める上で大きな意味を持ったという。スクウェア・エニックスは10年以上にわたりゲーム向けAIの研究と実装を積み重ねてきており、その蓄積と、Google GeminiのAI技術とを組み合わせることで、このプロジェクトが動き出した。
ゲームとAIの次のフェーズへ
「おしゃべりスラミィ」は現在もなお開発中であり、クローズドベータテストで得られるフィードバックを基にクオリティを高める段階にある。とはいえ、この取り組みが示している方向性は、1つの機能の枠を超えている。安西氏は今回の発表をこう位置づける。
「ゲームにAIがくっついたら何か新しいことが起きるのではないかと前から思っていました。それが今回、Google CloudとドラゴンクエストXという形で一つの形になりました。ゲームとAIの新しいブレークスルーになったらと思います」
さらに安西氏は、「おしゃべりスラミィだけではなく、もっとこういうこともやりたいという夢や希望もある」と述べ、Google Cloudとの協力関係を継続しながらゲームとAIの新しい未来を築いていく考えを示した。
1986年に第1作が発売されたドラゴンクエストシリーズは、全世界で9700万本以上の出荷・ダウンロード販売を達成し、14年間続くオンラインタイトルを持つに至った。そのシリーズに、プレイヤー一人一人に寄り添うAIバディが加わろうとしている。
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左からスクウェア・エニックスの安西崇氏、Google Cloudのジャック・ビューザー氏、スクウェア・エニックスの荒牧岳志氏(出典:筆者撮影)





