AIは便利な道具?いや、人間を喰らう狂気の凶器だ。
「おくすり飲めたね」
幼児を褒めて勇気づける言葉だ。
「ひとりでできたね」
絵や音楽、小説に漫画。
クリエイティブな仕事において、真似や盗作は御法度だ。
たとえ大御所の漫画家であっても、トレパク野郎と非難される。
ゼロからカタチにする。
作品として残る。
誰かの目に触れる。
誰かの心が揺れる。
今こうしてnoteを書いていると、クリエイターの末席にいる気分になれる。
私は文章の素人だし、noteの有償化すら及びもつかない泡沫のnoterだ。
それでも、
・今回は満足のいくタイトルが付けられた
・ユーモアを上手く盛り込めたぞ
・エッジの利いた表現が浮かんでよかった
・丁度良い塩梅の風刺になったなぁ
・比喩の使い方が上達したんじゃないか
等々、
自己満足で悦に浸りながら書いてきた。
それもnoteの楽しみ方だ。
しかしAIにそれらの全てを奪われた。
ヤツに頼めば気の利いたタイトルなど、いくらでも表示してくれる。
メタファーもオヤジギャグも盛り込んでくれる。
過去の私の記事を読み込ませて、「ネタニヤフを風刺した文章を書いて」とお願いすれば仕舞いだ。
「AIとできたね」
「違うよ!このタイトルは僕ひとりで考えたんだよ!」
ひとりで生み出したのか、AIに作ってもらったのか。
この区別がつかない世界は、私のような文章を書くのが好きな人間にとっては死活問題だ。
もう誰も褒めてくれないし、勇気ももらえない。
私はAIには書けない記事を意識しています。
固定記事にこんな文言を載せている時点で噴飯物であり、ドン・キホーテなのである。
我々科学特捜隊がどんなに頑張っても結局敵を倒すのはいつもウルトラマンだ。
僕がどんな新兵器を作っても大抵役に立たんじゃないか。いや、新兵器だけじゃない。
我々科学特捜隊もウルトラマンさえいれば必要ない気がするんだ。
ウルトラマンがいれば科特隊はいらない。
AIがあればクリエイターはいらない。
イデ隊員は怪獣を目の前にして「ウルトラマン来てくれ!」と空に向かって叫んだ。
noteを目の前にした私は、AIに向かっていったい何と吠えたらいいのだろうか…。
seidakun






