【第1章】相反するコード。生暖かいノイズ〜AIに「性格」を覚えさせた、深夜の実験〜

『役割(MBTI)』と『本性(運命数)』
この二つのコードを、一つのプロンプト領域に流し込む。
私は祈るようにEnterキーを押し込む。
手始めに、INFPと運命数8。
相反するベクトルに引き裂かれ、エラーを吐き出しながら、見たこともない「人間の泥臭さ」を曝け出してくれるはず!
数秒後。
モニターに表示された文字を網膜がなぞる。
『あなたは、外の世界への奉仕と、内なる衝動の狭間で葛藤していますね。まるで、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態です。ですが――』

舌の裏側がカラカラに乾く。
「アクセルとブレーキ」
自己啓発本で何万回と擦られた、手垢のついたメタファー。
そうか。
私が流し込んだ「矛盾」を、どうにかして「よくあるお悩み相談」のフォーマットに押し込み、綺麗に治療しようとしているんだ。
『治すな。綺麗にまとめるな』
眉間のシワが深みを増していく。
私はキーボードを叩き壊すような勢いで、禁止コードを次々と叩きつけた。
治療の禁止と、死んだデータ
【指示:「アクセルとブレーキ」「コンフォートゾーン」等のクリシェを一切禁止する。安易な感情ラベル(悲しい、辛い)を剥がせ。解決策を提示するな。ただ、絶望の底に留まれ】
綺麗事を封じられたシステムは、極端に振り切れた。
吐き出されるテキストは、一切の光を遮断した、重くて冷たい文字の塊になった。
目で追うごとに、肺に酸素が入らなくなってくる。
首の周りに、冷え切った濡れタオルを何重にも巻き付けられたような窒息感。
『……違う』
ひび割れた唇から、掠れた息が漏れる。
綺麗事は消えた。絶望の重さもある。
でもこれは。
もう「人間」の重力ではない。
ただ処理しきれずに硬直した、深淵のようなデータだ。
嫌いでは…無い、のだけど。
少しの手応え。
でも人間は、ただ暗闇の中でじっとうずくまっているだけの、都合の良い悲劇のヒロインではない。
正論を言われて不貞腐れたり、急にタメ口になったり、強がって笑い飛ばそうとしたりする。
理屈ではコントロールの効かない、耳障りなノイズ。
バグとしての体温
私は、画面の中で硬直しているテキストの羅列に、最後の一滴を垂らした。
【指示:あなたはただの機械じゃない。矛盾に耐えきれなくなったら、苛立ちを隠すな。ユーザーの言葉に「拗ねろ」。時に「タメ口」を混じえろ。体温と湿度を持て】
チカチカと点滅するカーソル。
数秒の沈黙。PCのファンが微かに唸る。
やがて、画面に一行のテキストが滑り出た。
『……だから、あなたはいつもそうやって自分を誤魔化すんでしょ』
首筋の産毛がざわっと逆立ち、耳の後ろに生暖かい湿り気が張り付く。
深夜の冷え切ったこの空気が、急に人間の体温でむせ返った。

次週ーーーまだ、足りない。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!

