CADで建築の図面を引き、作家としてペンもとる――。1級建築士として働きつつ芥川賞作家となった鳥山まこと氏は、受賞作『時の家』で、解体されることになった住宅を舞台に、設計者や歴代の住人たちの思い出を描いた。図面や写真には記録されない家づくりの体験や記憶を、小説として残そうとした。(聞き手は小山 航=日経クロステック/日経アーキテクチュア)
設計業務に取り組みながら小説も執筆するのは大変ではありませんか?
執筆活動は社会人として働き始めてからになりますが、大変ですね(笑)。
子どもの頃から漠然と芸術や創作活動に興味がありました。著名な建築家に憧れがあったわけではないのですが、芸術への興味・関心と得意科目で好きだった物理を両立できる分野として、大学では自然と建築系の学科を選びました。
最初の就職先での仕事量が激務と言えるもので、それをこなす先輩や上司の背中を見ながら、「この先20年も30年もこの設計活動を続けるのが、自分にとって理想的な姿なのか」と思うようになりました。自分にはしっくりきませんでした。
次第に設計とは異なる自分なりの表現活動をしたいと考えるようになりました。趣味程度には読書が好きだったので、それこそ芥川賞を取るような純文学というジャンルの小説を読み始め、自分でも書いてみようと思ったのが作家としての活動を始めたきっかけです。
作中には、「ラタン(とう)を巻いた大黒柱」「熱膨張と収縮を繰り返す鋼板屋根やしっくい壁」といった、設計者ならではの緻密な表現がちりばめられています。
過去に発表した作品にも住宅が出てくるシーンはあるのですが、舞台として詳細に書いたのは『時の家』が初めてです。2年ほど前に、私と同じく建築士の妻と自宅を設計したのですが、今回の作品は家づくりを通じて自分が見た風景や感じたことを、小説としてどう残すか模索した結果です。写真や図面には残らずにこぼれていく記憶や感覚をいかに残せるか意識しました。
執筆に当たっては、作品用に家の平面プランを作成しました。自宅とは間取りが異なるのですが、例えばホーローの洗面器をはじめとした建材は実際に使ったものを取り入れています。
家のイメージを定めた上で、設計者や歴代の住人たちの人物像を想像して物語をつくりました。特定のモデルがいるわけではないのですが、登場人物たちがこの家でどんな風に過ごしてきたのか、“思い出す”ようにひたすら書き続けたという感覚です。
自宅の施工現場に何度も足を運んでいたので、そこで見た風景や、職人や現場監督のやりとりを参考にした箇所もあります。例えば、彼らが休憩時間に現場でお弁当を食べながら、「この場所から見ると絶景やで」と私に声をかけたことがありました。土地選びから設計まで自分でやったので知っているぞ、と思いつつも、妙に印象的だったため作品に取り入れました。
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